2020年6月6日土曜日

「7日間ブックカバーチャレンジ」その5

「7日間ブックカバーチャレンジ」5日目
荒川修作・マドリンギンズ「space as intention」
空白は開かれているものという意味で、何にもまして特定されない与件である。空白は分化されないが、存在するものである。だから無ではない。空白はたまることができる。だから空虚ではない。空白は独自の作用を持つものらしい。したがって空白そのものは白紙ではない。空白は殻を埋めるものである。空白は真空を引き寄せ、養いはするだろうが、真空とは一致しない。
自身が空白だと気づくこと。(以上本文より)


ある日手拍子をした途端に真っ暗闇に突き落とされて衝撃を受けた。一瞬のことだったらしい。でもそこからいろんな思念が流入するようになった。時々世の中が白く光り輝くのを見るようになった。これは今もだけれど読むべき本が光るようになった。あらゆる空間にいろんな人の思いや念が漂っていて、それが波のように押し寄せてくるので、そういうものを拾い上げ踊るようになった。
これは流石にまずいのではないかと思い(新しい宗教みたいなものかと思い色々調べたりもした)、冷静に分析を試みた。

距離とは関係なく共鳴を起こす人は何名かいて、そしてそのバランスの中で私は浮かんでいるので、手を抜いたり油断すると他の人に危害が及ぶ。だからとにかく走り続けなければいけなくなりました。

こうなってくると自分自身の意思ではもはやなく、ただただ掬い、拾い上げ続けていくのみとなってきます。少しでも皆で良き方向へと進めるようとも思うけれど、多くの場合意志を超えてそれらは必然であり、どうにかできる問題ではなかったりします。

木野の数少ない群舞作品「Mobius」(ダンサー5人、音楽家3人) はそのようにして見出され、浮かんだ言葉を拾うように、また円周を惑星のように描くように歩きながら星座を作り出していく形になっています。Mobiusのラブリーなポエムでもいいのですが、よりこのことを物語っている「みみをすます」(高知県美術館中庭でのパフォーマンス)の解説より。
このなかにわで、しずかにみみをすましてみると、きこえていなかったおとがきこえてきます。みずのながれ、かぜのこえ、とりのはばたき。すでにこのよのなかはたくさんのおとでみちみちています。
おとはいのちのはどう。ことばもおどりも。すべてのせかいはつながってるのにみのがしてしまう。べつのものだとおもってしまう。
ふだんはとざされているがらすのむこうがわ。とびらをくぐるしゅんかん、ほんのすこしあるくそくどがゆっくりになる。そんなじぶんにであえますように。


これはおまけなのですが、この感覚が近いのはこの人かなあと思っています。



「7日間ブックカバーチャレンジ」とは、「読書文化の普及に貢献するためのチャレンジ」で、参加方法は「好きな本を1日1冊、7日間投稿する」というもの。ルールは次の通りです。
①本についての説明はナシでOK。
②表紙画像だけアップ。
③毎日1人のFB友達を招待し、このチャレンジへの参加をお願いする。

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