2017年4月19日水曜日

舞踊芸術創造1と木野ゼミ

舞踊以外の授業を書いてしまい、舞踊どこへ行ったという感じだったので付け加えると、一応ダンスの先生として受け持っている授業があり、今年は初のゼミ生を抱えました。
しかしながらゼミ生は1人なので、文献購読で討論なども起こらず、多種多様なダンスの振付家の思想を学ぶということにし、本日はフォーサイスさんのお話を。
One flat thing reproducedの映像を見、そのインタビュー(いずれも抜粋)を見る。そして普段やっているストリートダンスとの違いを考えてもらいました。物の見方、発見の仕方に驚いていて、良き出会いになったのではないかと。
とりあえず突き抜けちゃっている思考の人を何人か紹介しながら、コンテンポラリーダンスの基本ベースになる考え方を学んでもらい、そこから作っていくという感じになるのでしょうか。
それから芸術文化コースの2年生向けの舞踊系基礎コースには聴講の先生もいるので、いろんな舞踊を体験してみるところから入ってみます。彼女たちは昨年Kentaro!!くんと大野慶人さんという超豪華授業を受けているので、その辺りは省略。クラシックバレエとかスイングリリース系の俗に言うコンテンポラリー系の動きとか民俗芸能系の動きを中心に展開し、観る・動く・考えるを。
間に謎の夏至祭があるので、必然的に即興の世界を垣間見、体験し、人に出会っていくというプログラムになっています。

なぜかサシャワルツビデオまである鳥取大学図書館の資料をフル活用しながら、ダンスには縁がなかった子達を強引に(?)ダンスでもないなにものかに巻き込んでいく授業を目指します。

ご興味のある方、鳥取までお越しいただければ(←これ一番大変)一緒に巻き込まれることができます。隠れてお問い合わせを。

2017年4月11日火曜日

グローバル時代の国家と社会 2017

グローバル時代の国家と社会という授業も密かに担当しています。

昨年大学に来る前に「ダンスハ體育ナリ」で女子体育の歴史を追いながらダンスと体操が近づいてきているという話をしました。そしてマスゲーム的なものが流行っていく傾向について考えていました。揃って踊ることがなぜ皆好きなのだろう。大学に来たら、君が代問題に疑問を投げかける先生方に会いました。グローバルな大学をと言っているけれども、この国歌や国旗についてちゃんと話し合いを持たないままトップダウンで決まっていってしまう現状に対してです。
軍事研究問題も同時に起こり、なんとなくふわっとまとめられてしまい、自分の言葉でちゃんと話すということをしなくなっているのではないか。物事には多様な見方があり、だからこそ面白い。でも効率に押し流されて話し合うことを放棄してしまう。民主主義は本来あえてそのややこしく面倒なプロセスをたどるためのものだったはずだ。

昨年の授業の立ち上げからいろんな先生とお話しし、政治情勢も含め、危うい今を感じています。歴史の教科書が変わっていっているという事実、考古学が戦争の理由として利用されてきたという事実、各回の授業の内容はそれぞれの専門から日本の今を切り取るものでした。
この授業はそもそも答えはひとつだと思い込んでいる学生さんたちに疑問を投げかけようというものです。昨年私は運動会の成立と近代的な身体の使い方への変化、集団行動の美について触れました。今年はオリンピックに合わせて一気に増える文化イベントの話と1940年にあるはずだったオリンピック(東京・札幌)、万博の話を織り交ぜながら、政治に翻弄されてしまいがちな文化の側面について話せたらいいかなと思っています。この機会を利用して一気に芸術文化国を目指すのも大事なのですが、花火で終わらせない、生きるための芸術をちゃんと考えることも必要なはずだと思います。

個人だからこそできることもあるはずです。
集団の力の方がもちろん強い。でもそれでも小さいなりにいい続けていくことが私の仕事ではないかと思います。




芸術入門 2017

新学期が始まります。
今年から一般教養の芸術入門なる授業でダンスの映像を見ながら話すというのが始まりました。7回。
前半ダンス

4月10日 ガイダンス、クラシックバレエ
4月17日 コンテンポラリーダンス、モダンダンス
4月24日 舞踏

5月1日 →以下のいずれかの公演を見る
5月15日 日本の伝統芸能 (能、狂言、歌舞伎「道成寺」を中心に)
5月22日 民俗芸能の可能性(愛知県東栄町「花祭」、沖縄県竹富島「種取祭」を中心に)
5月29日 コミュニティダンスの考え方

普通の学校だとなかなかないのですが、やはりダンスは生で見るべきだろうということで、夏至祭か、鳥の劇場公演か、はたまた麒麟獅子か何か観に行くように1回を設定。残りの6回で謎のダンスワールドを堪能していただきます。

思えば昨年は1回目の授業で芸術文化センターって名前だけれど、芸術と文化ってちょっと違う、何が違うか?という問いかけをしましたが、一般学生さんにもこのいろんなダンスワールドがあるということを知っていただくべく、設定しています。

最後はなんと踊る?らしい。


1回目はクラシックバレエということで、超きらびやか〜な感じの技全開の白鳥の湖(オペラバスティーユ版)をお題にしながら、トゥシューズやコルセットのような身体を変えようとする意識や、身体を拡張し、少しでも大きく見せようとする価値観、ジェンダー意識の変化などにまで話を広げ、ダンスから見えてくる社会の断面に触れられるよう工夫してみました。

次回はさらにディープなコンテンポラリーダンスワールドへ。ロイフラーやウィグマン、ピナバウシュからジェロームベルやカステルッチまで。ついでに前回盆踊りもダンスだというと笑いが起きていたので(どういう意味??)、SPACさんも扱わねば。

3回目は2月の大野さんがかなり強力だったので、その時のレクチャーをもとに構成。歴史背景にどこまで触れられるか。

5回目は静の元ネタ「道成寺」(正しくは道成寺だけではないけれど)について能、歌舞伎両方をみながらお話しします。一応元狂言研究会としては狂言についても触れないわけにはいかないです。(なぜか鳥取では狂言だけの公演が結構多い)

6回目、おそらく今自分がちゃんと身体に入れなければいけないところなのですが、とにかく進み始めてみようと思います。舞踊の始源とはどういうものか。
今日の発見としては
神憑りの際の動作を、正気で居ても繰り返す所から、舞踊は生れて来る。(折口信夫国文学の発生1より)神懸りの動作は芸能ではないがそれを正気でいてもするところに芸能が生まれる(本田安次図録日本の民俗芸能より)

舞踊の中にあるカオス、あるいは熱狂は人々のエネルギーとなる。しかし一方で利用されやすく、危険性も高い。それをわかりつつ出来るかということ。

私はショスタコビッチみたいな感じはできないなあとつくづく。