2019年12月31日火曜日

このブログをご覧になる皆様へ

○鳥取夏至祭についてはこちら
2019年鳥取夏至祭は6月21,22,23日で設定する予定です。公募を開始しました。3月24日締切です。詳しくはこちらのページをご覧ください。https://tottori-geshisai.jimdo.com/

○大学用HPを作りました。詳細はこちら

公演予定などは今後の公演予定をご覧ください。

○Dance Potlatch ダンスのおくりもの
DVDを販売しています。(驚きの500円)収益金は踊るキノコ基金にまとめられ今後の活動へと生かします。
くわしくはこちらをご覧下さい。
お問い合わせをいただくのですが、送料のほうがかかってしまうため、東京、神奈川の方はBankART studio NYKショップ(馬車道)もしくは綜合芸術茶房喫茶茶会記(四谷三丁目)にてお買い求めいただくようお願いしています。うちのお店でもおけるよという方いらっしゃいましたら、お知らせください。
なお、札幌圏はキノコチケット札幌、鳥取はキノコチケット鳥取で対応しております。
ご希望の方はキノコチケットkinokoticket@gmail.com(@を英数字に直してください)まで。




20th sentiment ( Sapporo Biennale pre-event) film : Katsura Ishida

Mobius鳥取編(Chicago Moving Company 2016)film: Yusuke Sasaki
Mobius東京編(Chicago Moving Company 2016)film: Yasunobu Nakagawa

このページはダンサー木野彩子の現在の活動をブログとして紹介しています。
プロフィールの詳細やこれまでの活動につきましてはおどりこさいこ(http://saikokino.blogspot.jp)をご覧下さい。

This page is Japanese dancer Saiko KINO 's blog. Sorry, this blog is Japanese.
If you need to more detail of Saiko's work, please check Dancer Saiko page(http://saikokino.blogspot.jp), and click the label.


2019年6月16日日曜日

コンペティションについて

私自身が横浜ソロデュオコンペティションの出身であり、その受賞によって確実に人生が変わった一人であることをまず述べておきます。
その時に審査委員に得点は高かったんだけれど、フランス人の審査員受けが悪くてという話を聞いて、フランスのダンスを知ろうと在外派遣研修員に応募し、海外へ出ました。それまで海外で活動することなど一切考えたことがない中学高校の保健体育教員がです。
この時であった高谷さんや石川さん、榎本さんなどの押し出しがなければ私は海外でダンサーという仕事に就くことなど一切考えなかったことでしょう。そもそもこのコンペも(当時何もなかったので)即興で踊った3分30秒の映像を送ったからこそ選んでもらい、20分の作品を上演する機会をえ、それまでの制作環境と全然違う環境に触れることになったので、貴重な、そして奇跡のような出会いでもありました。(その後、その関係で玉川大のミュージカルの振り付けに関わったり、韓国など海外も含めた公演機会を得ることができました)
なので、若い人(うちの学生さんも含む)にはとにかく出してみたらと話します。
いい悪いは私たちが決めることではない、とにかく今自分ができること、自分が思う新しい世界を提示してみる、ただそれだけのことです。

しかしながら、そのいい悪いというのはどう決めることができるのだろうとずっと思っていました。私の年は岡本真理子さんが「まばたきくぐり」を出した年で、私は正直すごいと思いました。かなり緻密に作られた美術作家とのコラボレーション作品でした。(ちなみに彼女はその翌年「スプートニクギルー」という作品に昇華させ、フランス大使館賞を受賞し、木野が住んでいたアパートに滞在します)そんな中私(「Edge」生贄をテーマに据え即興のまま枠組みを作り体を放り込む)やステージに姿を現さないマトロンさんの作品が賞を取ってしまった。(ただしマトロン作品は私は今でも結構画期的だと思っています。その後の経緯で今彼はダンス業界に見えないけれど、物の見方が全然違っていた。ちなみに翌年作成した箱女の映像を担当してくれました)ちなみに当時の審査員によれば私の作品は結局ダンスは身体性に戻るしかないのではないかということが評価されたと聞きます。


そうした時に、何が良くて悪いのか決めるのは審査員であるという当たり前のことに気がつきました。彼らが捉える方向性にあっているかあっていないか。今の時代を切り取る若い世代の感性を重鎮たちがみる時にその基準値は何になるのでしょうか。売れる可能性?重鎮たちの年代にも伝わる見せ方?演出の多様性?

コンペは話題になります。そして多くの人が賞を取ったんだったらと思う基準になります。実際私自身も受賞以前と以後とで周囲の触れ方が変わりました。今の仕事に就くことができたのもおそらくこの受賞のおかげでしょう。
そして競い合いを入れることで、作品はさらに磨かれていくことでしょう。
しかしながら、今、この世の中で本当に必要なものはそういうコンペや戦いや争いではないのではないかと私は思います。正しくは、そういうことをせざるを得ない人がいたとしても、私はそうではない価値観を作りたいと思うのです。

スポーツは競い合いの遊びから発生しています。(カイヨワでいうアゴン)
ダンスは眩暈と模倣の遊びから発生しています。(カイヨワでいうイリンクスとミミクリ)
私たちは戦うことではなく、多様性を認め合うところからできないのでしょうか。
プロデューサーの自由を考慮しながら大きな枠組みを作るところでとどめ、順位をつけることを避けたアシュフォードの思想を思い出し、またこの現在の世界の危うさを思うと私はコンペティションは時代遅れではないかと正直思っています。

勝ち負けではない、その先の世界へ飛び立つために、私たちは多様性を受け入れるそんなビジョンを提示すべきではないか。鳥取夏至祭は小さいけれど、そういう意識を持っています。辺縁だからこそ見えることもある。

あやまった道に進まぬよう。
なぜ、これを今あげなければいけないか。わかりますよね?

今後の予定(20190616)

今後の予定

◎鳥取夏至祭2019開催します。
HPにてチラシなど公開中です。
プログラム:
6月20日(木)鳥取大学地域学部附属芸術文化センターアートスペース1にて即興音楽とダンスのコンダクションワークショップ1(18時半より)
6月21日(金)
18:30開演(開場18:15)
[A] 前夜祭 くじ引きによる即興ダンスと音楽のセッション(オービタル形式による)
集合場所:鳥取大学地域学部附属芸術文化センターアートプラザ(鳥取市湖山町南4丁目101)
定員:40名
料金:1000円(プチパトロンシステム2ポイント付き)/ 学生料金500円(プチパトロンシステム1ポイント付き)
6月22日(土)
15:00開演
[B] ツアーパフォーマンス(周遊型公演)
集合場所:樗谿グランドアパート前(鳥取県鳥取市上町93-1)
料金:1000円 (プチパトロンシステム2ポイント付き)
19:00開演
[C] プチワークショップ企画:即興のコンダクション
集合場所:旧横田医院(鳥取市栄町403)※雨天時はパレット鳥取(鳥取市弥生町323-1)へ変更
ファシリテート:Miya(音楽家)
料金:無料
6月23日(日)
10:00頃
[D] いなばのお袋市に出現
会場:いなばのお袋市(駅前サンロード内)
参加費:無料
13:30開始、14:30終了
[E] 即興音楽とダンスのワークショップ 月に1回行っているワークショップの豪華版
会場:わらべ館いべんとほーる(鳥取市西町3丁目202)※雨天時には階段、わらべ夢ひろばへ行くこともあります
参加費:無料(要申込、0857-22-7070 わらべ館)
定員:50名
参加アーティスト(順不同):
山本和馬(ヲミトルカイ、ダンス/兵庫)、古川友紀(ダンス)、小池 芽英子(美術・パフォーマンス/京都)、鈴村英理子(ダンス/滋賀)、たけうちみずゑ(チョンモップ、演劇/東京)櫻井拓見(チョンモップ、演劇/東京)、宮原一枝(ダンス/福岡)、大脇理智(ダンス/山口)、イフクキョウコ(ダンス/山口)、吉福敦子(ダンス/東京)、小川敦生(美術/神奈川)、金井隆之(声楽・バロックギター/東京)、Yasusi(ダンス/兵庫)、荻野ちよ(ダンス/鳥取)、村瀬謙介(音楽/鳥取)金子泰子(トロンボーン/岡山)、小谷雄司(サックス/岡山)、瀬尾亮(ヴォイス/兵庫)、Miya(フルート/東京)、田中悦子(ダンス/鳥取)李東熙(ダブルベース/京都)中村仁美(コントラバス、作曲/鳥取)、中村友紀(演劇/鳥取)、きのさいこ(ダンス/鳥取)他
チケットのご予約:
キノコチケット kinokoticket@gmail.com
問合せ:
鳥取夏至祭2019実行委員会 geshisai2019@gmail.com
鳥取大学地域学部付属芸術文化センター
0857-31-5130 / saiko@tottori-u.ac.jp(木野研究室






ウェブ情報随時更新しています。https://tottori-geshisai.jimdo.com/
Tottoにて紹介いただいています。http://totto-ri.net/news_tottorigeshisai2019/



◎鳥取銀河鉄道祭2019年11月に開催します。

11月公演に向けて出演者も募集中です。次のワークショップは演劇が7月19日、合同が21日、倉吉にてスペシャルワークショップが20日に開催予定です。



こちらは昨年度版のチラシ。ことしの分ももちろん作ります。


取り急ぎフェイスブックでページを作りました。
https://www.facebook.com/Gingatetsudou.Tottori/
HPを作ったら、どうもインターネットエクスプローラーだと動かないらしいということが判明。グーグルクロムなどでご覧ください。
https://scrapbox.io/gingatetsudou-tottori



ほぼ毎週1回くらい(ほぼというところが私たちの緩さらしい)鳥取の皆さんと一緒
に銀河鉄道について、宮沢賢治について、鳥取の暮らしについて語るカフェ・ミルキーウェイも続行中。
ことめや(鳥取市瓦町527)にて開催してます。




わらべ館即興音楽とダンスのワークショップシリーズ
夏至祭の時に踊るの楽しーと思った鳥取の皆さんに即興の面白さを定着させるべく2ヶ月に1度の即興音楽とダンスのワークショップシリーズを継続します。(助成:文化庁大学を活用した文化芸術推進事業)
ことしは
6月23日 鳥取夏至祭
7月6日 池田千夏さん(ピアノ)池田さんの回は2時半よりミニコンサート付きです。
以降大体月1にレベルアップです。7月以降の会はファシリテーションを学ぶための講座と並行して行なっていきます。こちらのファシリテーション講座は実際のワークショップの前後に講座の説明や注意点、またそれらの振り返りを行いながら、どのような形でワークショップを進行していくと良いかを講師とともに考えていく会です。継続的に受講していただき、最終的にワークショップのファシリテーションも行なっていただければと思っています。
ワークショップといっても様々な方法があります。それらを学びつつ、アイデアを出しながら作る作業を体験していただければと思います。



この事業は鳥取大学芸術文化センターのアートマネジメント人材育成事業の一環でもあります。昨年のHPと報告書ができました。
http://www.tottori-artcenter.com/artmanagement2018/


◎「ダンスハ體育ナリ?建国体操ヲ踊ッテミタ」は思わぬところで評判を受け(学ランがとかではないです)、夏に再演予定。8月10日早稲田ドラマ館

2019年6月15日土曜日

鳥取は雨です。


大雨のせいか動けなくなり、学校に行って、夏至祭の準備をしなければいけないのに倒れてしまう。低血糖や貧血みたいなものかと思い、甘いものを食べてみるけれど、やっぱりダメで、今日は何もできず1日が終わりそう。やることはたくさんあるけれど、こんなに動けないことは珍しい。
時々雨は滋賀津彦の魂よばいだなと思い、大抵はしとしとしていて、私が外へ出ると止んでくれるのだけれど、時々大雨になってしまう。怒ってるのかもしれない。ちなみに怒っているときは逆に晴れるパターンもあって、晴れ女的に私が晴れさせているときの晴れと、怒りの晴れ(2、3日前、ちょうどアシュフォードさん滞在中はかなりやばい感じの晴れ方でした)はだいぶん違う。
天気操ってるんだろうか。

ともあれ、梅雨突入。夏至祭は21日から。晴れるか雨かで内容がだいぶん変わるので、実行委員会でも2種類の案を作り中。これまで晴れ女木野だけではなくやぶさんがいたのが今年は一人。負けないで頑張れるかな。

アシュフォードさん3


アシュフォードさんの作ったAerowaveについてはSprig back Magajinで見ることができるようになりました。
そもそもこれがどういう仕組みかというと
⑴若手振付家がビデオで応募する
現在は600くらい(本当は規定に合わないものを入れると700を超えるんだとアシュフォードはいう)
⑵それを欧州劇場ネットワーク(そもそもはサロンとしてアシュフォードの友達が集まっておしゃべりしながらヨーロッパのダンス傾向を知ろうとしていたグループ、25団体、およびそれをサポートする団体を合わせると40)でシェアする。なお、ショートカット版のビデオを過去はアシュフォードが作っていた。(5分程度にまとめたもの、確かに全部は見る気しないものね)
⑶会議を開き推しメン20団体を選ぶ。
⑷欧州劇場ネットワーク(25カ所)は各劇場プログラムに3団体以上を招聘する。その際の費用はEUグラントから半額助成できるようにする。(残りは各劇場や団体が地域に助成申請する)
⑸20団体の選ばれた団体はおおよそ3-5回の公演機会を得ることができる。
⑹そのため各国の助成金を得られやすくなる。
⑺これらの経緯を経て作品上演を繰り返したものをSpring Forwardで上演。このフェスティバルには世界中からディレクター。プロデューサーが集結。
⑻その作品をウェブ上で公開、レビューなどを掲載し、さらにその作品の上演機会が増えることを目指す。
⑼そのレビューをかける人を育てるべく、若手レビュワーを募集、フェスティバルを見てかいてもらったものをガーディアン、タイムスなど新聞のダンス専門記者(そういう職がイギリスにはまだあります。限られた枠ですが)にチェックしてもらう。
⑽レビューをかける人を育てる講座は継続し、彼らが食べていくための仕組みとしてSpring Back Magajinを立ち上げる。

私がイギリスにいた頃拡大版が生まれ、そのときの応募は400程度だったことを思うと確実に成長しています。そしてダンサー、振付家だけではなく批評家を育てようとしているところがアシュフォードさんのオリジナリティでもあるかと思います。彼はTime outの演劇の記者だったんだそうです。(今でも演劇も好き。なぜダンスに行ったのかの話も結構面白いです。)
牧野先生も言っていたのはダンスは消えてしまう。しかしそこから文字化し、記録する人がいることでその先に広がる可能性がある。批評家とダンサーがともに社会を作っていくと。彼女は舞踏の初期から見ているので、そういう意識を持っているのだと思いました。そこの部分、日本では抜け落ちているところかも。

いかにして残すか、広げていくか。
ダンスアーカイブ構想でダンスハ体育ナリシリーズを作らせてもらって思うのですが、今の時代を切り取りつつ、過去を振り返る。どんなに小さな作品でもちゃんと社会に投げかけるそんな作品でありたいと思います。

汽水空港


地域調査プロジェクトという授業で移住者のインタビューをとる練習として森哲也さん(汽水空港)に大学に来ていただきました。
汽水空港は松崎(鳥取県中部湯梨浜町にある鈍行しか止まらない小さな駅)の古本屋さん。関東から移住してきて、ゲストハウスたみに滞在しながらDIYで作ったそう。そのできた当初にたまたまたみに泊まった(採用面接できたときに、もう鳥取なんてくるの最後かもと思い、観光がてら立ち寄ったんです)時にお会いして、木野DVDを投げ込んで驚かれた、そしてそれが招いてくれたのか鳥取に来れたというローマの泉のような存在です。
あれから4年。一時期閉じていた時もあるけれど、結婚、お店も拡大拡充、着々と根を張り活動しています。
今回お話を聞いていて倉吉のパープルタウンの映画館で、すごい攻めた映画の上映をしていた話が出てきました。おそらくミニシアター系だし、コナンや鬼太郎ではない、ポケモンでもない、俗にいう売れない映画なのに、ここでやっている意味。映画好きのスタッフの熱い想いに感動したと森さんは言います。
正直にいうと鳥取は本当に人口も少ないし、お金もない。だから個人のボランタリーな活動、もっというと寄付というか投げ込みがあって成り立っているところがある。お金ないけれどゲストには少しでも出してあげたいと頑張る個人的な努力によってこの県の文化は成り立っています。

銀河鉄道では佐々木友輔さん(同僚です)が鳥取の映画人を調査してくれていますが、昨年の美術人(筒井宏樹さんによるスペースプラン)、演劇なども含め自分の知ったこと、見たこと、好きなこと、愛することをなんとかして地元の人に伝えたいという愛情表現の形であることがわかります。細々と映画上映会を続ける人や、地元の人と映画を作るひとと映像作りをしようとしているひと、フェスティバルをしようとしている人。それらの活動をまとめていくことも大学人として重要なお仕事かと思います。

森さんの自然体は学生たちにも衝撃を与え、様々な質問が出てきました。
いろんな生き方がある。そしていろんな生き方があっていい。
松崎に移住者が増えてる理由がなんとなくわかる気がしました。



アシュフォードさん2

そんなわけで
アシュフォードさんが津波のように押し寄せ、かなり色々ぶっちゃけた話をしまくって去っていきました。エネルギー量が高いのでもはや津波です。

ちょうどAerowaveの前身でイギリスのResolution!(若手のための作品ショーケース1ヶ月で100作品ほどを紹介する)に20作品くらいのヨーロッパ各国の作品を紹介していた頃から私は知っていて、その後EUにアプリケーションを出し、現在の形に立ち上げ、さらに次の世代に引き継ぐべく新しい仕事Spring Back Magajin を初めてしまう。74歳、パワフル。元気そうで、あと30年くらい生きるんじゃないかと思うけれど(なんなら私の方が先に倒れそうな気がする)それでも自転車通勤をやめたり、食べるものを変えたり、色々していて、所々に老いは見えます。ああ、あれから10年経つんだなあとしみじみ思いました。

イギリスのコンテンポラリーダンスの中核的存在だったThe Place(元々はローザスなどを紹介したのもここでした)が、学校との連携で、若手育成に力を入れるようになり(それゆえにできたResolution!やPlace Prize)そこに引っかかって、私はイギリス時代にいくつかの作品を作らせてもらいました。元々はそんなに公演をしたい人間でもないので、その時自分の中にある問題を一個一個解決するべく、1年に1作くらいの形で行なっていきます。
Edge,OvO,Angel's bone,The Three cornered world, IchI。The three corneredとIchIは好評をえ、改訂版の再演もさせていただきました。この創作活動があったからこそ、私はあのイギリスの暗いなかを暮らしていけたのだと思います。
また、ラッセルワークで仕事がなくなった時にThe PlaceとSadler'sがビザの発給先になってくれて、その間にThe Three corneredとIchIは作ることができました。そしてその作品を作っている頃、アシュフォードさんは仕事の定年をまじかに控えていて、エディに任せてお外にお散歩に行くようになり、木野の人生相談を聞いてくれました。またAerowaveの構想を話してくれました。実際にアプリケーションの応募が間に合わなくってポストに走ったのも覚えています。(大きい小包でした)

2008年ー9年くらいのイギリスのダンス業界、経済状態の激変は結構すごくて、その後のコミュニティダンスへのシフトチェンジにつながっているのですが、その最中、私はどうしようかと迷っていました。イギリスのダンスに興味のある人はいない。でも今から他の国に行って開拓するのか、それとも日本に帰って日本の環境を変えるのか。イギリスで何ができるんだろう。そんなつぶやきを言葉にしていきました。それを聞いてくれる人がなぜカンパニーの仲間とかではなくアシュフォードさんになってしまうのかが謎ですが、命の恩人でもあります。
こうして話す人がいたから私は日本に帰ろうと決めることができたし、おそらく、私の友人が亡くなったりしたのはそういう逃げ口が見出せなかったからだろうと思ってもいます。
その代わり、あまりにも色々イギリスダンス業界の裏が見えてきてしまったこともあり、早々近づきたくないし、早々売り込もうとは思いません。(アシュフォードさんに売り込んでもらうとかはしないんです。絶対)

ちなみにアシュフォードさんは木野の作品はそんなに評価をしていなくて(ちょっと残念)、彩子が踊るんだったら良い、という言い方をしています。もともとがおそとダンスを気に入った人なので、のびのび踊っているのが一番だと思っているようです。誰かに振り付けて見てはとは言いますが。ただ、死者の書は全て投げ込んできたというのがわかるらしく、それを心配してくれていました。こうして見続けてくれている人がいるのも作家としては嬉しいことなんです。


まさか10年経って鳥取で会うなんて。次の10年後はどこでしょう?


もう一人の恩人ラッセルさんも日本に来た時には会いにいきますが、さすがに鳥取に来てくれる予定はないですねぇ。



2019年6月12日水曜日

アシュフォードさん

アシュフォードさんはイギリス時代の恩人です。韓国のフェスのついでに鳥取に(正しくはメインは城崎)立ち寄ってくださいました。40年前、若かりし頃安部公房の研究をしていた頃から砂丘に行きたかったそうです。「砂の女」の映画を見たそうで、それ以来日本を愛し、(ちなみに奥さんも日本人)日本の文化をヨーロッパへ伝えようと努めてきました。
明日は学校の授業が予備日という謎のシステム(クォーター制に切り替わったため)で授業が消えたので、鳥取観光に付き合う予定です。
うちのリアル両親ですらまだきていないのに、イギリスの父(祖父?)きた。


13日のトークではaerowaveという彼の作った劇場ネットワークとロンドンオリンピック前後のイギリスダンスの変化について伺います。(オリンピック前は反対だったけれど、今は良かったんじゃないかと思うんだよねと話している)日本のコミュニティダンスはイギリスを目指しているので、ある種の指標にはなるのではないかと。今回私の通訳じゃ怪しいので、専門の方をお招きしています。英語が苦手な人でも是非。アシュフォードさんは英語ネイティブでない人に対しゆっくりわかる言葉で話す人でもあります。
http://hospitale-tottori.org/program/talk037/

いきましょう、一緒に


踊るたびに悲しみがこみ上げてくるとしてもそれでも踊らなければいけないのは、私がこれまで預かってきたものゆえのこと。
なにぶん3歳から続いているゆえ、多くの人が関わり、多くの人に支えられ、守られてきた。そして託されてきた。
あの黒いボールを受け取った時もそう思いましたが、今も一緒に歩き、対話をしている。思考がシンクロし、同じようなことを話し出す。たとえ、誰も理解できなくとも。
メビウスの輪のように表と裏であっても、あるいはずっと交わることのない平行線の轍のようなものであったとしても、私はともに走るのでしょう。

生きてと言われたその一言で今の所私は生き延びている。
いきましょうは今年のテーマ。私も一緒に走るから。

2019年6月11日火曜日

芸術入門2019

芸術入門2019の最終回。
これまで七回だった授業が八回になり、クラシックバレエ、モダン・コンテンポラリーダンスで西洋の舞踊を紹介し、それに対する舞踏(今年は大野慶人さんからみた土方さん、大野一雄さん)、伝統芸能(能狂言歌舞伎)の次に民俗芸能(花祭と竹富島の芸能を中心に)を紹介。最後の講義は盆踊りとコミュニティダンス、そしてその先へという内容にしました。そう、今日の講義は一回追加になった分できたスペシャル講義。
昨年までは夏至祭を見た後に授業が一回あったのですが、夏至祭を見ない子もいるのとカリキュラム変更でこのようになりました。
盆踊りは郡上おどりを中心に。
前回の民俗芸能で過疎化などで衰退している現状を説明、何ができるだろうかと学生さんたちに考えていただいて、出てきたアイデアを実践してきたようなお祭りなので。(アニメとのコラボやテンポアップ、観光客の呼び込みや遠隔地での宣伝など)
他にも鳥取で開催されているしゃんしゃん傘踊りや大山わわわ音頭を紹介しつつ、山中カメラさんの創作盆踊りや池袋ニュー盆踊りなども紹介。
一方でみんなでワイワイ踊っていた時代と見る人と踊る人が分かれ、なおかつパレード化していくお祭りの話もしました。柳田國男の「日本の祭り」の頃から言われていることでもあります。このように変化していく民俗芸能、ステージ化やパレード化のなかで衣装がきらびやかになっていったり、動きが大きくなるなどの変化が起きている事実も伝えました。これは民俗芸能に触れる人はわかることかと思います。保護により、また保護を受けるために変わっていってしまう芸能は伝統・伝承と言えるのか。しかし芸能はあるいは芸術は常に変わり続けるものではなかったかという疑問の投げかけをしました。
近代以降さらには戦後に作られたお祭りは行政のサポートを受けるとともに、そこに管理されている傾向があります。徳島阿波踊り問題にも触れました。
その上で鳥取夏至祭と鳥取銀河鉄道祭へと向かっていく思考を鶴見俊輔「限界芸術論」と宮沢賢治「農業芸術概論綱要」をもとに説明しました。ソーシャリーエンゲイジドアートの考え方を紹介しました。

昨年までだとここまでだったのですが、1時間のゆとりのおかげでその先を話すことができました。

ここまでだけだと、楽しく、そしていろんな分野をつなぐことができるアートの役割が見えてきて、鳥大アートマネジメント講座の価値が見えてくる内容です。実際ここまでで、学生たちも納得していました。

そこに追加して、私は個人的な話をしました。あるとき受け取ってしまった真っ黒いボールを引きついで、私はそれ以降さまざまな神(?)の啓示を聞くことになったこと、言葉にできないそのようなことを顕すべく暮らしていることを話しました。生きていく上で楽しいことばかりではない。能・狂言の時代から芸能者は河原乞食でありました。何らかの不器用さや、難しさを抱えているそんなマイノリティーと呼ばれる人々が発する声でした。
自分の周りを変えていくための声、既存の価値観を変えようとするある種の革命。
それが元々の芸術であること。
人が死なない革命。
マイノリティと呼ばれる人が、声を発せれる場所を作るための活動であり、さまざまな表現が生まれていく必要があると私は考えます。

俺すごいだろ、かっこいいだろ、というのもわかります。そういうとんがった人たちがいてもいい。
一方で私は集団性を持たないし、今後も個人的な活動を続けていくと思います。静かに粛々と。小さな人のまま、その言葉が大事だと思うんです。さまざまな価値観が現れるためにも、個々人が重要だと私は思っています。私は、そしてあなたは何を思いますか。

すべての人が芸術家である。
大きな流れに乗るか乗らないか、お金になるかならないか、よりも重要なのはそれぞれの人がどのように生きていきたいか、そしてどのように死んでいきたいかということです。


すべての人が幸せにありますように。

最後に1曲踊りました。これも昨年までしていなかったこと。
学生さんたちは3分ほどでしたが衝撃を受けたようでした。これ観れただけでこの講義とってよかったと思っただって。おべんちゃらだと思うけど。
私にとって踊ることはこれまでのさまざまな記憶を思い出す作業であり、涙が止まらない。
踊りながら涙が溢れ出てくる。どんな曲でも多かれすくなかれ。
しかしそのエモーションは何年経ってもつながっているものなのだろうと感じています。


悲しさやそれを振り払おうとする感じを指摘したり、表情の力を指摘する子がいました。そんな中、興味深かったのは「体全体から粉のようなものを散らして、周りの雰囲気を変えていってるなと感じがした。でも粉の分だけすり減っている感じがした」とか、「命の雫を受け止めている感じ」とか言い始め、言語化できない難しさを感じながら、自分の感じた何かを言語化してくれました。
芸術を受ける人次第、でもその人たちが言葉化しそれを広める、だからこそ芸術は無限だ。という子も。世の中にはバレエを始めとして多くの団体が存在しているが団体として何かをすることなどはもっと自由でいいだろうと私は個人的に思っています。



2019年6月10日月曜日

パンダ

野村さんワークショップウィークの週末。
鳥取少年少女合唱団、音楽メンバーとのワークショップ、鳥取西高合唱部とのワークショップ、翌日も音楽メンバーに追加して市響メンバーが加わってのワークショップと盛りだくさんの日。
たまたま今日野村さんの着ていたTシャツがパンダ柄だった。
やぶさん(死者の書の演奏を担当してくれていた)がタイで購入したものらしいが、パンダがグリコマークでポーズしているのに、お腹にパンダと書いている。どこまでアピールしたいんだろう。。そしてなぜか「生きなさい」というメッセージがついている。

私は芸能者はパンダのようなものだと思っていて、実際、イギリス時代に言葉も通じないままいた時の感じは転がってても可愛いパンダのようでした。自分が可愛いというわけではなく、うまくはないけれど、愛嬌でカバーという意味です。ラッセルは手を広げるだけで違うんだと言い張っても、同僚や奧さんには理解されない。(そういう関係性はなく、でもいろんな意味で誤解されました)

日本に帰ってきてからも単にラッセルなんて知らないだけならともかく、お前は身体が良かっただけだとか、ちょっと寝て引っ張ってあげれたらいいのにというディレクターさんがいたり(完全にセクハラですが、すでに故人なので言ってもいいと思う)、海外公演で皆の前で明らかに上の立場の人に口説かれたりして、私はこの世に生まれてきたことが嫌になりました。
そこで気に入られてお金や尽力をつぎ込まれ、でもうまくかわしてニコニコしながら生きている自分が耐え難く、自立できるすべを模索しました。その度に足が腫れる事件や潰瘍や色々起こり、自分の体を自分で壊していく感じを味わいながら。

誤解されるのは結局あまりにもうまくなかったからいけないんだと思って、色々練習をしたし、それでも運動は苦手な方なので、パンダなりにできることを考えました。発想じゃないかとか、巫女的ひらめきを追求しようとか、あともう一つは自分の体の持っている繊細さを出そうと試みてみました。私が私でなければできないものを持つなら誤解もなくなるのではないか。
もしくは私が私というものをこだわらず、すべてを受け入れてそしてすべてを捨てて生きていくことができればそれはそれで良いのではないか。筒井筒、静など日本の舞を調べる作業を通じて芸能者の存在を考えれば、それが当たり前であり、むしろそういう人の感情を利用して生き延びていくパンダ族として生きる覚悟を持つべきだったのではないかと考えたり。
私はいろんな人に支えられて暮らしてきて、(今でも大切な人たちだけれど、)自分がいることでプロジェクトが起こり、そして壊れていく過程をいくつもみてきました。作品が壊れるだけならともかく、人の生死に関わるとき、精神を病む人が現れたとき、私はそこで「だって仕方ないよね」と言い切れなかった。パンダ族としての覚悟が足りなかったのです。皆で生き延びるにはどうしたらいいだろうかと考えた結果、距離を置き、静かに穏やかに祈るために逃走することになりました。だから転々と。どれだけ拠点を移してきただろう。色々あって流れ着いた鳥取。

パンダが生きなさいと言っている、そして走っている。たまたまのTシャツなのにその時点でかなり色々考えさせられました。

やぶさんは過去に木野祭と描かれてて、しかも鳥のえが書いてあるTシャツをくれたことがあり、どこからそんなネタのようなTシャツ見つけてくるのかわかりませんが、時々センスを超えた何か力を発揮してくれます。夏至祭の服決定だな。

2019年6月5日水曜日

倉吉銀座鉄道の夜

倉吉でとりアートメイン事業部会。
進捗状況を説明し、なんだかわからんと散々言われ、へこんで、バスを待ちつつ、夏至祭のチラシを撒きつつ暑い中を歩いておりました。
昭和レトロなそのお店に立ちよったのですが、(モダンさんという鳥取では結構知られたお店です)銀座商店街の中にありました。プロジェクター抱えてフラフラ歩いていたので、お仕事ですかと聞かれ、実はとりアートというので銀河鉄道の夜を作るんですけれど、その報告会だったんですとお話をすることに。聞いてみると、昨年から商店街で土曜夜市の際にミニSLを走らせるイベントをし始めたとのこと。その名も「銀座鉄道の夜」。
そして今年の開催日は7月20日とのこと。もしかして倉吉スペシャルワークショップの日ではありませんか。倉吉でスペシャルな銀座鉄道の夜、それはワークショップ後に繰り出さねばなりません。(ちなみにまだチラシとかもできていない状態)
ここで出会ったのもある意味運命。鳥取で銀河鉄道が流行りつつあるのかもしれません。

表現の自由について

天安門事件から30年になる。
ちょうど表現の自由について授業を組み立てなきゃという節目だったこともあり、気にかけて見てみる。

大学のメールサーバーがG mailを利用するようにしますと会議で出てきて、中国人留学生への連絡や中国出張があった時にメールを見られないという問題が起こりうるという指摘が出てきた。gmailに限らず情報の操作ある種の検閲が行われているのは事実で、google groupで中国に向け検索サイトとして再参入をしようとして社員から反発が上がるなどの問題が上がっている。

中国だからね、と私たちは言えるのだろうか。
メディアによる情報の偏りが指摘され、ポストトゥルースという言葉がはびこり、政治と現実社会の体感にかなりのズレが生じている今、本当に私たちは知ることができているのだろうか。


鳥取夏至祭では様々な屋外、公共施設を使用するが、それぞれに許可を求め、またお話をしに行く。思想はアヴァンギャルドであっても、大学教員なだけに、一応ちゃんとしている。しかし一方で、もっと街中でいろんなことが起きればいいのに、と思う自分としてはなぜここで一つ一つ使用許可が必要で、場合によってはお金を払わねばならないことに少々疑問を感じる。そして3年目だが年々厳しくなってきているということも感じる。
ヘブンアーティスト制度は大道芸の人たちにチャンスを与えたように見えるが、実は多くのそれを目指す人たちを封鎖することにつながる。そこに住んでいるホームレスの人たちを追い出して立派な公園を作る政策にちょっと似ている。
つまり保護や支援、援助を行うためには線引きが必要になり、そこに排除が生まれる。

すべての人に表現の自由がある。
そして多くの発言する方法が現代では生み出された。SNS,ツイッター、youtube。しかしその表現が正しいかどうかの保証はなく、また何が正しいかという基準すら薄れている。そうした時に線引きをしようとした時に多数の人に支持されているかという基準で選んでいいのだろうか。中国の例は極端なようだけれども、その一つの形であり、一箇所に権力を集中しようとした結果であり、ある意味効率が良く、そして強い国にしていくためのものであった。そして多くの人が政府の与えている情報に従ってそれを支持している。

しることの権利と、表現の自由はおそらく生存権に等しく、人として非常に重要な権利であるにもかかわらず、死にはしないと軽視されているような気がする。

2019年5月25日土曜日

松井須磨子

いきなり行けないから見に行って感想聞かせてと言うことで先代の先生から演劇公演のチケットをいただく。行って見たら「松井須磨子」栗原小巻一人芝居。え、まじですか、このタイミングで、ネタとしか思えない感じですがとりあえず見に行ってきました。

鳥取にも演劇鑑賞会というのがあり、そのうちの演目。木野も札幌演劇鑑賞会に高校時代は所属していて当時のお小遣い3000円だったけれど1800円払って舞台見てました。加藤健一事務所やラッパ屋、自由劇場など当時の舞台を見るいい機会であり、個人的にはおかげで山海塾の最重要作品「卵熱」を見ることができました。たまたま高校の先生が山海塾プロデューサーを知っていることもあり紹介していただいたなどという縁があります。(その後まさかアルテリオで再会するとは思っていませんでした)

一人舞台は色々難しくて、個人的にはそこまで評価できないです。でも彼女の人生ちゃんと見ろっていう神の声のようなものかと思い見つつ考えていました。島村抱月との愛に生きましたという彼女の人生はわかるけれど、その中にどれだけの葛藤があったのかはわかりません。本当に彼を受けたなら、彼を残すべく死ねないだろうに。

愛の形は様々です。
生きる意味などすでに消滅していたとしても、それでもここに存在するという意味は、私が受け止めた闇を誰かに伝えるためのこと。それは学生さんでは難しい。それぞれの人生があるから。それでもいつかそういう時があるいは人が来るときのために私は彼らから受けたものをしっかり抱えてここに存在しているのだと思います。

きっとこれで良いのだと私は思っています。

わらべ館ワークショップ20190525

わらべ館ワークショップ20190525

講師 山下靖史
サポートスタッフ 荻野ちよ、田中悦子、高橋智美、木野彩子
参加者22名

実はこの日小学校の運動会が被ってしまい、参加者は少なめでした。夏至祭を支えるメンバーたちと話すことができ、良い機会ではありました。今回ダンスびとが講師なのできのは音楽部隊に。
12時半より打ち合わせ、だるまさんがころんだをベースに行うことや、ウォームアップをフロアーで行うこと、その後ボディパーカッションを用いながら広げていくなどのイメージを共有。

13時半、簡単な説明の後スタート。
子どもたちが床でゴロゴロしているのを見て、そのまま床に転がるワークからスタート。
フレームドラムの音にあわせ音があるときは動き、ないときは止まる。音の大きさや小ささ、質感に合わせて動いてみる。
途中から高橋さんのアコーディオンが参入。わかりやすいメロディが参入すると動きやすいところもあり、なんとなくみんなで音楽に合わせて歩き始めます。

13時50分ごろ、集団の障がいを持つ人々がグループに加わりました。彼らは過去にも(たまたまなのかはわかりませんが)参加してくれたグループで、お散歩の途中でわらべ館に立ち寄ってくれています。
まずは音楽に合わせて歩いたりしていて、なじませたく思い、きのは演奏しつつ参入し、ハイタッチや一緒に回るなどをしていく。そこで馴染んだせいかふと演奏をしていたきののところに寄ってきてくれるのでした。

14時ごろ、そのグループの子達が楽器に興味を示し、一緒に演奏してくれる。高橋さんがメロディーを演奏しつつ、それに合わせてパーカッション系の演奏を手伝ってくれるチームと踊る人々に分かれる。Nさんは前にもこれやっていたよねと思い出してくれる。そしてすごく正確にリズムを刻んだりする。Yくんもなぜかフレームドラムが気に入ったらしく、必ず戻ってくる。
ひと盛り上がりをして一回お休み時間が訪れる。

しかしそこで次の設定が出るわけではなく、再びゆるゆると動き始める。

14時15分ごろ、2回目の静まったタイミングで荻野さんが突然「先生!今のやってたステップ習いたいです!」と言う。山下さんがしているステップを指摘、みんなでやってみることに。

そのステップを使いながら踊りながら、演奏しながらみんなで踊って終了。


終了後、ファシリテータースタッフたちの中ではかなりの反省会が。
事前の打ち合わせでどこまでやりたいか、どうしたいかをちゃんと共有できていなかった。本来であれば事前にメールなどでもやりとりできたはず。音楽のイメージあるていど伝えておいたほうがよかったのでは、など。(今回はきのの能力レベルだったからと言うのもある種の反省。太鼓勉強しよ)
終了して1時間、止まらず喋り続け、これがあれがと言い始める。重要なことは私たちが率直に言いあい、そしてそれぞれがリードしうる関係性を維持していくことだったのではないか。お互い言うべきか、迷い待っていたのではないかということです。
ワークショップは一期一会。いい時間を過ごしたいです。

途中で帰らなければいけなかった子(7歳)が行かなきゃいけなくってとスタッフに言う。お母さんもすごく楽しそうだったと書き残していく、そういう出会いのためにこのワークショップは月1開催にしました。またぜひお越しください。そして楽しい時を過ごしましょう。

静かで穏やかで暖かな時間。

これまで何人か「あ、この人危うい」と思うことがある。
ふっと静かで穏やかで暖かな時間を過ごすことがある。
もしかしたらこんな奇跡あり得ないし、最後かもと思う。(でも最後とは限らない)
職場の上司だったり、古くからの友人であったりするが、その日30分か1時間か忙しい日々を抜け落とさせるような穏やかな時間を過ごす時がある。それが最後の時もあるしそうとは限らない。そう言う意味ではまだまだ巫女までは行けてない。
そしてそれはきっと一生忘れては行けない時間だと私は捉え、少なくとも私がいるうちは記憶として残していくと思う。間違いなく。共にあった感覚。もしくは共にあり続ける感覚。私はそれも愛だと思う。


そのまま死んでしまうとは限らなくて、むしろそれがきっかけで次につながっていくのだけれど、その瞬間、「もういいや」と思う時がある。

だって、そう言う時なんですもの。

緩やかで穏やかに死にゆくことができるように。そんなことを最近思います。

さよならミニスカート

突然ゼミ生が降ってきて(本来は文化人類学に進もうとしていた)、美について考えたいと言い始める。(本来は春までに所属が決まっている)
話を聞いてみると胸が大きい、小さいに女子は多かれ少なかれコンプレックスを抱いてる。自分もそのうちの一人だ。でも世界を見てみたらいろんな美意識がある、時代を超えたらいろんな美意識がある。その変遷を知りたい、そんなことを言う。

最近になってジェンダーやLGBTなどの言葉も増えて、認識されるようになって、テレビドラマや漫画にも現れるようになって見えてきたこの事象。
ダンス教員的には無茶振りのようだけれど、色々お話し始める。
その流れで「さよならミニスカート」と言う少女漫画を買い読んでみて、色々考えさせられる。

私自身は特にLGBTではないが、周囲に多くいた(海外ダンス業界は特に)ので違和感もない。ここで描かれていたのはその前段階の女性・男性を作り出してきた社会性だった。かわいい女性イメージや強い男性イメージはどこからきたのだろうか。家庭環境や、メディアに影響を受けていないだろうか、それは本当はもっと違う形であるべきだったのではないか。ダンスは体育なりで学ラン着てたりなんでダンスは女子のもの?と話してる身としてはまあ近いうちにちゃんと調べなければいけない分野ではある。

高校の頃、顧問陣の中にファンクラブがあったり、著作が大量に送られてきたり、バレンタインに大量のチョコをもらったり、宝塚を勧められたり色々してきた高校時代を考えてみても、その時演じた演目が「お気に召すまま」だったことを考えてみても、この問題は一度ちゃんと扱うべきな予感はしている。
「お気に召すまま」はシェークスピア時代だと全て男性が女性役をやっていると言う状況である中で、さらにもう一度女性役なのに男性を演じると言うすごいひっくり返りを繰り返す作品。でも最後はハッピーエンドで終わり、シェークスピア喜劇の一つとして取り上げられている。たまたまか今年上演が増えているけれど。実はそんなに簡単な話ではないはずだ。

重要なのは男か女かではないよねと言うところかと。


社会制度に従わなきゃ行けないのは死を目前にした時。
身内は認められるけれどパートナーは認められない。その大切な瞬間を共に過ごすためにどれだけの戦いがあったことか。
でもね、同性でも異性でも同じです。
いくら大切な人であっても、婚姻関係や肉親でなければ入り得ない領域がある。そもそも緊急事態ですら教えてもらえない可能性がある。それはそれでしんどいし、でも祈り続けてしまうんだろうなあ。


2019年5月23日木曜日

グローバル時代の国家と社会

「グローバル時代の国家と社会」は鳥取大地域学部教員が作ったオムニバス型授業。ここから私の建国体操は生まれました。(大野一雄版は鳥取に来る前に作ったのでちょっと違うんです)
今年は特に令和で話題になっていることもあって、各先生がかなり気合を入れて作ってきている様子。元号について歴史学の先生が語り、天皇陵と世界遺産について考古学の先生が語り、と毎回色々考えさせられるのですが、今回はゲームを通じて集団性と排除について学びました。「わたしたち」として区切る時そこには「わたしたち」に入っていない人が生まれる。立食パーティで誰かと仲良く話をしていたら他の話せなくて苦手だなあって思ってる人たちの居場所を奪ってしまうこともある。それくらいだったら一人でいいよねという生き方もある。「わたしたち」をみ、「わたしたち」を守ろうとするのは本能かもしれない。でもそうしたらその横で起きている様々なことを見逃してしまっているかもしれないということ。

多分そういう意味で考えすぎて私は所属ができなくなってしまうタイプの人間だと思う。


昨年は公開リハーサルだったのですが、今年はどうしようか考え中。バージョンアップなのか、お題通り表現の自由に向かうのか。いずれにしてもヘビーな授業です。

鳥取夏至祭実行委員会2

鳥取夏至祭実行委員会は微妙に開催されていて、でもいつもではない。
とりあえず鳥大を探索してきてもらい、踊れそうなところをピックアップ。
あるじゃん、結構。
そんなわけで開拓をし、ここで踊っていいのか場所を探していき、その担当部署の方にお話をしにいき、許可をもらうことに。

そうなんです。鳥取夏至祭は私のこのカオス好き、アヴァンギャルド型性格に反して結構普通に許可をもらったりしているんです。一応学校の先生だしとか、コンテンポラリー
=危険人物というレッテルを貼られてはいけないと思うので、真面目にコツコツ。大学のなかでも実はここ数年どんどん厳しくなってきていたりするんです。

だから一応訴えられたりしないよう一個一個。

もともとこの5月6月はエネルギー量が上がってしまって、朝すごい早起きになっていたり(なので、7時くらいには学校についてる)夜もねれなくなってしまうので、そのエネルギー量を無駄遣いしないように始めた夏至祭。そしてまだ早いよと思うけれどぴーかん照り30度コースが続いています。鳥取、山陰だったはずなのに、最近ちょっとおかしい。


2019年5月20日月曜日

アシュフォードさん来るらしいよ。

色々あってイギリス時代の第2の恩人(第1はラッセルさんです。もうこれは絶対!)、なぜか鳥取に来ちゃいます。John Ashford。もとプレイスディレクター、現aerwaveプロデューサー。2005年から2009年までイギリスに暮らしており、ダンサー業をしながら作品を作っていました。2007年横浜赤レンガ倉庫の前で早朝に(その時間しかないからとあてがわれたのです)踊っていたら通りがかりに見てくれてgood mornig dance show(賞)をくれたあのアシュフォードさん、城崎アートセンターに行くついでに来ると言っています。

とりあえず6月13日にトークを行うことになりました。@横田医院(Hospitale)
イギリスダンス、ヨーロッパダンス事情について知るいい機会ではないかと思います。彼がプレイスをやめる最後の一年間、プレイスで作品作りをする関係で、色々話を聞いていました。
私は彼からイギリスの助成金システムを教えてもらい、申請書の書き方や、それを出した後にもいろんなフィードバックを受けながら書き直し続けることができることを知りました。(そもそもそれまではタックスリターンの仕組みすら知らなかった)リーマンショックとオリンピックという2つの節目に関わり、私はその中身を修論を書きながら知りました。
10年近く前Aerowaveのアプリケーションを出しに郵便局へ一緒にダッシュした。そんな頃を知っているだけに茶飲友達としてちょっと嬉しいです。
流石にいい年でそろそろ引退をしなければと本人も話しています。私はプレイスをやめるときも見ていて、エディに任せていきみていてみないようにするその様も含め、ある意味理想の形だよなと思うのでした。(ちなみに私を拾ってくれたのはアシュフォードではなくエディなんです。Resolution, Place prize, spring forwardビザ問題も含め守ってくれていました。)
お時間あれば是非。


ちなみになぜ鳥取に来るのか聞いたら元々は安部公房の研究をしていて砂丘を一度見てみたかったんだそうです。鳥取に来て3年なのですが、その当時からずっと砂丘砂丘と言ってました。仕方ないな。砂丘以外の鳥取を探しつつ鳥取について知っていただく2日になりそうです。

舞踏について一般学生さんに話す

舞踏を一般学生に講義する芸術入門の授業はかなり大変で、毎年すごい準備する。でもその中で何人に届くのだろうかと迷う。学生の反応もかなり悪い。でもやる。
私自身が『ダンスハ體育ナリ』で大野一雄を扱ったこともあり、よしとさんに来てもらったこと(2017年2月)も踏まえて思い入れの深いこの単元。今年はよしとさんフューチャーしてみました。緑のテーブルにはじまり、土方さん、大野一雄さんを経て、それを真似ながら最終的にウサギにたどり着くまでの旅。私は、ある種の継承のようなものを感じ、またある種の当事者性を感じ、今、彼が残すことに興味があります。
6月8日シアターΧには伺えないのですが、今話を聞くべき人でしょう。
一方で川口隆夫さんのように完コピしてしまって大ヒットというのも含め、では舞踏はどこへいくのだろうか。そんなこともお話ししました。
ダンスはその場所にいないと体感できません。消えてしまう。
演劇は戯曲があるけれど、それすらない。そういうものを共有するというのはどういうことか。
批評家、あるいは文学者による言語化は不可欠だったと思います。舞踏の盛り上がりは渋沢、三島他様々なジャンルへの波及効果ゆえのことで、そういう流れが今はない。なぜ。ダンスの持っている力はもっとあるはず。

知ってもらうことの重要性を感じます。

横浜ダンス界隈


2004年まだ海外へ行く前にBankARTの企画で横浜エアジンに出張させられた。
初めてのダンス界隈。横浜の街中を観客が循環して見て回る企画。
その時に放り込まれたのが横浜ジャズの老舗エアジンで、その時は斉藤徹さんと井野さんのダブルベースコンビで、当時は本当にくまさん2人でしかもダブルベースでその間を通り抜けながら踊ったことを覚えています。
ダブルベース(コントラバス)はリズムとメロディと両方扱えて実は結構相性がいい楽器。個人的にはチェロが体が一番反応する(ナチョデュアトほどじゃないけれど)と思っていますが、それは楽器の女性的なところも影響していると思う(ちなみにイギリス時代にチェロを買って番協しろとなバイオリン修復師に教わった。ヨーロッパからバイオリンとか輸出するだけで仕事として成り立つとか。私は密かにそれもありかなと思う)けれど、その次はコントラバス。その次はのりさんドラムかなあ。やぶさんパーカッションも、杵屋さん声も大好き。でも楽器として何がというと今現状ではそこ。
その時以来憧れのベーシストさんで、ちょくちょく見に行き、ちょくちょくワークショップに行くものの、ここ数年体調が悪いことを聞いてはいました。
見に行かなきゃいけない予感がして、でも向かった時にはすでに遅かった。


世の中にはどうにもならないことがあり、今、あっておかなければいけない人がいる。
ここのところ、そういうどうにもならないことが続いていて、結構凹む。大切な人たちがきちんと生きていけますように、そう祈りながら、見にいけないなりに祈りつつ、もしかしたらこれが最後になるかもしれないと思いながら我慢する。約束だから、大丈夫と信じて。


もう一緒の時を過ごすことはない。でもあなたの記憶を私は引き継いでいく。ダンスってそういうことだと思っています。

2019年5月16日木曜日

鳥取夏至祭実行委員会

鳥取夏至祭実行委員会は毎週木曜日に開催することに。
細々ながら3年生が頑張ってくれており、時の流れを感じる。
今日は内容の確認、下見の日程調整、地図作り、鳥大で踊れそうなところ探しと盛りだくさん。
ささやかですが、1ヶ月頑張りましょう。
実は3年目。
頑張らなきゃね。

2019年5月12日日曜日

至上の愛

至上の愛(Rosas Love supreme)をみる。(2019年5月11日)
おそらく10年くらい前に初演バージョンを見ているのだけれど、全然違うものになっていてちょっとよかった。
コルトレーンの曲に合わせてダンサー4人が踊るのだけれど、音に合わせて構成されていて、初めの無音が実は最後の曲の裏側であったり、緻密に構成されていて、アンヌテレサさんらしいなと思う。
私は音感が良さそうに見えて実は音に対する反応速度が速いだけでリズム感はあまり良くないので、こういう作品を見るとすごいと思う。(自由に踊っているように見えて全部フリ決まってますから。)

音と踊りは本来一体のものでというのはゲーテの言葉にでも出てくる。
私自身もこれまで音楽家との作品作りをしてきているが、その度に言われる。音と踊りのマリアージュねと。

でも録音音楽と作ると音に体を合わせざるを得ない。それがリアルにそしてライブに展開できないかと思い即興の音楽家との作品作りになっていった。そしておそらくその即興が私がこれまで過ごしてきたダンスの中で一番楽しい時だったように思ったのと、表現の多様性を知らせるべく即興音楽を広めるのがいいのではないかと思い、鳥取夏至祭は開始した。
本来は音とダンスは同時発生で相互に影響を与えていたはずだ。
音楽家も音を聞きつつ、目もみはる。
ダンサーも見せながらも音を出す。
全身で会話をし、その関係性が見えてくる、そんなもののはずではないか。

でも久しぶりに踊ろと思ったのは事実で、ちょっと元気になった。
愛ですね。


来週はバッハなのだけれど、遠田さんワークショップでそれはいけない。
でもバッハの時代は即興演奏が当たり前だったので(巣鴨の牧師さん曰くパイプオルガニストのクラスには即興が必ず含まれていて、啓示を受けながら演奏を広げていくものだった)私がバッハが好きなのはそんなところに依拠しているのかもしれない。牧師さんに演奏してもらった曲の他にも林さんに踊ってもらった無伴奏チェロ(その時は今井信子さんのビオラ演奏版のCDを用いた)もある。無伴奏チェロは本当に好きでこれまでも2回音楽家さんにお願いしているが、ハードルが高いらしく断られている。

2019年5月11日土曜日

不在の在

不在の在という言葉がある。

 ここにないことによってここにあったことが見える。そしてその掛け替えのない存在に気がつく。ピッポデルボーノの作品「歓喜の歌」は主演俳優の死によってその人の存在に対する思いが溢れ出てしまうそんな作品になっていた。あまりに衝撃的すぎて3日間くらい油断すると泣くという状態が続き、駅であった友人に驚かれた。
 たまたまだが今日見るはずの演目が音楽家が体調不良でダンサーが無音で踊ることになった。音楽とダンスは2つで1つ、かけがえのないパートナーであるが、一方の欠けたまま、その相手を思い踊るその気持ちはすごくわかる。なんとなくそんなチクリと刺さる予感がして今みておかないとと思ったのだけれど遅かったのかもしれない。
 Mobiusでも静でも死者の書でもここにいないものと踊りついできた。ここに実態として存在していなくとも確実にある(と信じているもの)。それを覗き込む行為は真っ暗闇に足を突っ込んでいるようなものだが、1人ではなくそれをしていると思い静かに見つめる。その感じを「歓喜の歌」で目の当たりにし、この5年分くらいの言われていたことや私自身が書いてきたことやこの謎文通(文ではなくイメージが来る)がハラハラと溶け落ちていった。本当にこのまま消えてあげれたらよかったのにと思うけれど私にはできなくて、やっぱり穴の前に立ち尽くしている。

 いきましょう。一緒に。
 たとえ側にはいなくとも、私は私でいます。
みてなくてもちゃんと受け取ってるから大丈夫です。

ただ同じものを見て経験してという記憶を蓄積することはできなくて、それはすごくさみしい。あといざという時に手を出せる距離でもない。でもだから希うという言葉になっていくのでしょう。手紙を読まず、でもそれもこの輪を続けていくためのことだから。見ないことにしておく。それもまた必要なこと。



2019年5月9日木曜日

地域学入門2019

地域学入門という鳥取大学地域学部1年生の必修授業の1コマを担当している。教授陣が並ぶ中一人講師(若くないけれど若手)が一人混ざっていて複雑な心境。

芸術文化センターの紹介や自身の活動を紹介していくのですが、身体から考えてみようということで、少し踊る前の身体の話をする。
隣の人と手をマッサージしてみる。
簡単だけれど、なんか気持ちよくって、少しホワンとする。で、なんだかおしゃべりしはじめる。手が温かい。
身体に触れることで距離感が縮んだり、親しい感じになる。身体をいかに緩ませてopenなある意味いつでもウェルカムな状態にしていくかがダンスのコツみたいなものではないかと思っていて、身体のことをちゃんと知ることは結構これから大事になっていくのではないかという話をする。

それと合わせてダンスの力を利用して社会に役立てようとするコミュニティダンスの考え方とその実例をロンドンオリンピックを例に話し、それと似たようなことが日本全国で起こることなどを解説する。

また、一方でそれらの背景には公的支援に頼ることで成り立つコミュニティダンスの仕組みがあり、オリンピックが終わったらどうなるのか、あるいは東京に一挙集中しているような中、鳥取ではどんなことができるだろうかと考えつつ鳥取夏至祭をはじめてみたことなどもお話しする。
夏至祭をはじめて3年。鳥大に入った1年生の子達も4年になる頃にはいろんな場所を知り、開拓し、イベントを開いたり、事業を展開していくようなことができるはず。きっとそういう勇気を持って踏み出しちゃうことが大切で、多少失敗しても、やってみないよりはやってみたほうがいい。
その上でどうしたらもっとよくなるかを考えていく。
そういう試行錯誤ができるのは学生のうちだけ(私はまさかの大学でもどりで学生と同じように試行錯誤の連続になっていますが)。

修論の時に限界芸術論をもとに祭りという形を応用したコミュニティダンスモデルを考え、図示したのですが、そのあとの絵というのが見えてきました。
様々な星たちをつないでいく、それがアートの役割です。


(一方でアートではなく芸術という範囲では突出した何かがやはり必要で、それはある種の狂気というか集中力なのかエネルギーなのかそういうものではないかとも思うのでした。その部分はちょっと非日常飛び越えてる人の存在が必要で、それは意図的に作り出すとか構築していくようなものではないと思ったりもします。私はそこまでエネルギー力は高くないけれど。)

最後に日本海新聞4月26日に出ていた鷲田清一さんの言葉を紹介しました。(芸術の有効性、「大学人」を終えて)これもたまたま図書館で銀河鉄道の記事を探そうとしてめくったらありました。最近はこういうたまたま的に見つかるものが増えています。珍しく今回は賢治さんではありません。でも賢治愛については強調しておきました。

「要するに芸術は何事につけて行政にお任せするのではなく、流通などのサービスを購入するのでもなく、自前で、協働をつうじて、既存の整備をリフォームしながらしたたかに生き延びてゆくその術(アート)つまりはマニュアルを前提としない問題解決の技法(アート)のモデルとしてとても有効だということである。こうして私は当初の考えをそっくり反転させることになった。芸術の制作と教育において伝承されてきた技(アート)を初等から高等まで、教育のどの成果においてもメソッドとして導入する必要があるのではないかと。」

ただ鑑賞するアートではなく、自らが生み出す主体となることの大切さ。
教養とは自由になるための技術(リベラルアート)だとすると、アートを学ぶ、あるいはアートの考え方や感覚を知るということは自由に生きることに必要なのではないか。それが私の場合はダンス(身体)をつうじてだったけれども、言葉からだったり、音楽からだったり、スポーツ(運動会)だったり様々あるだろう。

たとえ妄想や思い込みのように見えたとしても、想像力はAIには作り出すことができない部分。特に身体の感じ方はそれぞれ一人一人が異なり、生理的な快不快に関わることもあり、機械化ができない部分になる。想像を創造へ。それが大学で芸術を学ぶ理由になり得るのだろう。だから、なんでも思ったことはやってみたほうがいい。

高校までの学校教育の中では先生の言うことが正しいとされてきた。しかし大学では違う。教員も学生も同じ立場だ。だって正解なんてないんだから。(もしくは全てが正解だから)だから自分の考えを持つ人になったほうがいい。

そんなことを話しました。
たかだか1回の授業で学生たちの生き方が変わるはずはないけれど、それでもボールは投げてみる。その中の一人の心に雫が落ちたらそれはそれでちょっといいことかもと思うのでした。


映像資料として
ウェインマクレガーのトラファルガースクエアでのパフォーマンスを作っていく過程の映像、ウォルフガングシュタンゲさんのワークショップの映像、オハッドナハリンのGAGAの様子などを使用しました。