2014年1月31日金曜日

ミジンコ特別講義

坂田明サロン終了後はミジンコについての特別講義が開催されます。

坂田さんは実は大学の名誉教授。ミジンコの博士さんです。
そのせいかお客さんも顕微鏡会社の人とか深海6000の人とかかわった人が多く、面白い話しをたくさん聞かせていただきました。

本当は静でいっぱいなのですが、あまりに興味深い話しだったので忘れないように書いておきます。

ミジンコ
坂田さんがなぜミジンコ研究を始めたのかと言えば
あるとき金魚すくいでえた金魚を家にあった大きめの水槽で飼っていたらとても大きくなってしまい、産卵したのだそうです。しかもその産卵時期に藁で卵をとり、別の水槽でいれておいたら、えらい増えてしまい、この金魚たち生き延びさせるにはどうするか→エサを確保しよう→ミジンコとなったそうです。
坂田さんは広島で水産学科をでていたこともあったのでしょう。
あるとき友人のくまさんが顕微鏡をお歳暮でくださったそうで、みてみたらミジンコの身体が透けて見えることに感動。生命が見える!そして美しいというシンプルな喜びが研究につながったそうです。確かに卵から腸の中身、心臓の鼓動まで全部見えます。小さい身体のわりに大飯ぐらいなミジンコ(笑)。
で、ミジンコにつられて氷河までみにいってしまったり、帯広で暮らしたり(北海道つながりもあるようでうれしい)。坂田さんの人生はミジンコとともにあります。

で、ミジンコを調べていくと知らなかったことがたくさんあります。
ミジンコは有性、無性両方で増えます。
つまり通常はクローンのようにメスだけで増えていきます。(身体の中にたくさん卵がありそれがかえる。みたかんじちょっとエイリアンちっく。)が、環境が悪い場合は有性生殖で受精卵の形で休眠させます。つまり水がないなど普通は死んでしまうような状態でも生き延びることができるすべを持っているのです。実際ひからびた池の土をもってきて水にいれるとミジンコの受精卵が復活、生まれてくるのです。
食べられちゃうからそうなったんだろうということですが、両方ありってすごいことではないでしょうか。
更にミジンコのゲノムは3万以上あります。人間のゲノムを遥かに超えています。つまりそれだけの可能性を秘めている(突然変異などで生き延びていける)ということなのかもとも。
気になる。
これは調べねばならない。

更に面白い生物としてクマムシの話しにいき、
クマムシ、電子レンジに入れてチンしても、冷凍しても、宇宙に持っていってもいきのびるのだとか。どういうことなのでしょう。
人間は自分たちが地球を支配していると思っているかもしれませんが、全く異なる視点があると感じました。

中高時代に生物が得意(これは本当に。100点とか普通にとっていたくらい得意だったし、興味もあった)で、大学卒業時も一歩間違ったら黄色ショウジョウバエの研究に言っていたかもしれない私としてはかなり面白い話しでした。

ミジンコ、みにいかなきゃ。




「人間もプランクトンも一緒なんだよ、流れながらいきていけば楽になる」とは坂田さんの言葉。


坂田明サロン@茶会記


坂田明サロン
坂田明(reeds)
森重靖宗(cello)
稲垣弘子 (painting)
木野彩子 (dance)

1月28日(火)19:00
綜合芸術茶房 喫茶茶会記
http://gekkasha.modalbeats.com


AKIRA SAKATA salon
Akira Sakata (reeds)
Yasumune Morishige(cello)
Hiroko Inagaki (painting)
Saiko Kino (dance)

Sakaiki@YOTSUYA(Tokyo)
http://gekkasha.modalbeats.com


いつもお世話になっている茶会記にて踊ってきました。

坂田さんは誰もが知る大御所ですが、ことのおこりは昨年の茶会記忘年会。たまたま近くに座っていた4人というだけの話しです。木野実家父より電話がかかってきたくらい大変なことだとあとから知り、どきどきしながら伺いました。

2セットを行うことだけは決まっていてあとは自由。
稲垣さんは透明ビニールにアクリルで絵を書くとのことでその準備を手伝い、あとは放飼いです。

とても楽しい会でした。
坂田さんの自由度具合も面白いのですが(歌っちゃうしお祈りはじまって大僧正になっちゃうし)森重さんも人柄が出る優しい音(木野周辺ではファン急増中)。踊りやすい環境ではありました。

が、個人的には2回目のセッションはいろいろ考えすぎてしまって反省が多く残りました。即興系のときには何も考えないことが多いのですが、、、。(動きなどは覚えているのですが、恣意的に動くことは少ない)
お祈りのせいでしょうか。。。
きてくださった皆様ありがとうございます。感想などおきかせいただけると幸いです。

見に来てくださった方の感想の転送に
>坂田さんの演奏は勿論、その他の演者の方々のパフォーマンスも素晴らしく、
>「考える」のではなく「感じる」事の重要性を再認識しました。
 >仕事ではどうしても「考える」事が多く、それが日々のストレスに繋がっている様に思います。
>たまには、昨夜の様な機会は必要であると強く感じました

という言葉があり、そうなのか、、、とあらためて思ったり。
学ぶことは多いです。

終ったあとはミジンコとクマムシの特別講義付き。
すごいです。
これ別項でたててかきます。

写真はまだ届いていないのでとりいそぎ、稲垣さんと坂田さんよりいただいたもの。


 森重さんと稲垣さん(ちなみに写真は坂田さん笑)
 木野父が驚いちゃうだろう2ショットですね。。。
絵がみえにくいということで後日写真アップします。

坂田さんよりCDをいただき、いまきいています。


2014年1月30日木曜日

静リハ⑤

「静」の制作はキノコチケットだけれども、今回は横浜ということもあり、札幌支店の妹に頼らず個人事業で行っている。
絵はがきをつくったものの、ダンス公演であることすらわからないなどの不評をうけ、再度チラシを制作。そんなこともやっています。

でも私の事務処理能力では力及ばず、様々な人に手伝っていただき、ここまできました。ありがとうございます。正直情けない限りです。。。

さらに今回椅子の数を減らし、動きながらみれるようにするべく座布団用のシートをつくったり、衣装をつくったり、本当に何でも屋になっています。
間に合うのだろうか。

八木さんは着々と音楽をつくってくださり、明日は久々の合わせです。
今回新作の歌と曲があります。
あの倉庫は音がよく響くので爆音具合もすばらしいはず。とても楽しみです。

当日券でも入れますが(なにぶん広い空間なので入れないということはありえません)、受付の混乱を防ぐためにも、椅子数の問題にもご予約をお願いしています。
どうぞよろしくお願いします。

2014年1月25日土曜日

白拍子の拍子 静リハ④

白拍子の拍子はまさしく足拍子の拍子である。
伝えられていないとされている白拍子舞だが、白拍子役が出てくる演目が能にはある。
「道成寺」と「檜垣」。
いずれもその見せ場は乱拍子(蘭拍子)といわれている。
(檜垣は観世の奥義として蘭拍子がはいるものが原型だという。それが序の舞にかわってしまったとも)
松岡心平さんが能の原型を探る上で非常に興味深いと白拍子の話しをとりあげていたのと、乱拍子は白拍子が踏むものといっていたのが気にかかり、道成寺をみてみる(残念ながらビデオですが。ちなみに国立能楽堂に行くとみれます。予約が必要ですがおすすめです。狂言研時代以来久々に通いました)。
乱の漢字から私たちはすごい激しいみだれを想像するもののが、結構静かなかんじで、しかし小鼓のみでときどき踏む。乱れはリズムの面で乱れのようすで、むしろ俗にいう見せ場(廻ったりとか舞として派手なもの)はそのあとの急の舞にあります。
が、この乱拍子だけは小鼓との掛け合いなので、いったらいいかえす!みたいなセッションだと思っていただけるといいかもしれません。そしておそらく即興要素が強いでしょう。中世の人が即興セッションの見せ場でかっこいーともりあがっている図をイメージしてみるとちょっと楽しいです。
実際別の書物でも白拍子舞は即興的に今様を読みかえて歌い、舞うものだったようで、それゆえ伝承もあまりされず残っていないようなのです。(でも全くないわけではなく、「今様之書」など図付きで書かれているものもあり、それをもとに復元しようとしている人もいる)
他に白拍子舞からつながってできている踊りは??ということでは先日拝見した春日若宮おん祭りの巫女舞はじめから2つめの一人舞は「白拍子舞」らしい(その時はしらなくてあとから別資料で発見した)、大江の幸若舞もどうも白拍子舞とつながっているらしい。
ただし大江の幸若舞は動きとしては最後の最後に8の字に歩き回るだけなので、おそらく構成が白拍子舞からつくられたものであろうと推測される(実際に構成は非常に似ているということで沖本幸子さんの論文があったりする)。

これらをふまえ
円を描くように歩くところから開始し、
今様(現代風の歌)にあわせて踊るシーンがあって、
後半にセメと呼ばれる小鼓系(今回は箏ですが)に追い立てられるようなセッションがあり、どこかでそれは8の字の移動へと移行し
途中で足踏みが繰り広げられつつ進行していく
ことはつくり始める前の時点で決定していました。

八木さん、三浦さんとのリハーサルをへてまだまだ変更していますが、でもこの条件はまだいきています。さらなるプラスαはありますが、今回の白拍子舞、どうなるのでしょう。。。





私について(「からたちから」から「静」への移行①)

「からたちから」でキリスト教について考えていた。
キリスト教では私と神との契約。私がいて神がいる。父なる神がこの世界をつくったけれどもそれを信じるか信じないかは私次第であり、私が祈る。
「私」というものをどれだけ重視しているかということを感じ、それゆえに自分について語るというところからスタートした。「からたち」はほぼ自分語りだけで終るが、「からたちから」はダンス色が強くなった。しかしいずれもあくまで自身の内省であり、神への語りかけに終始する。

礼拝台にのるが、それはユダとしての言葉ではなく、あくまで生け贄の子羊になってみた(つもり)であり、私はのった瞬間こひつじの丸焼きのようなものを想像している。「からたち」の制作時期が受難の時期だったこともあり、あのシーンはそのイメージが色濃く残っている。そのときも私は神に話しかけている。私と神との対話を観客はかいまみているということになる。(たとえそれが一方通行だったとしても)



ここしばらく日本の民俗芸能をみたり、白拍子舞についてしらべたりしているが、その中で思うのは我の消失。つまり私というものがなくなっていく。能のように役柄があり仮面をつけて演じるという例だけではなく、集団でのカオス状態(花祭の湯ばやしなど)、円舞(郡上、風の盆、西馬音内などの盆踊り各種)、神への祈りは私が単独でするものではない。さらに顔を隠し、誰かがわからない状況で、さらに自分もお酒を飲みつつ朦朧としながら「くる」のを待つ。そして皆で楽しむというのがお祭り。
神が何をよろこぶかなんて誰にもわからない。だから謎のお祭りがたくさんあり、伝承されてきている。(そのいくつかにはきっと神が喜んだのであろうなにか良いことが起きたに違いない、たとえ偶発のものであったとしても)
歌舞伎など人に見せる(魅せる)要素が強まってしまったものもあるが、古くから続く民俗芸能の多くはもっとシンプルでもっとわかりやすい。(幸若舞なんて8の字にあるくだけだ)それは娯楽が少なかった時代だからということだけではなく、魅せるということは必要なかったのかもしれない。

伝承できるということは私ではない他の人でも可能だということであり、その伝承が地域のコミュニティを形成してきた。地域でひとつ。だから自分を主張する必要もないし、私という存在はいらない。
そんなこともまた真逆なのだということに気がつく。




2014年1月22日水曜日

静リハ③

静リハ 三浦さんチェック

静のリハはほぼ毎日転々としながら行われていて、しかし八木さん、三浦さんなどが関わる日は特別な緊張感が漂います。
大量の荷物を抱えて稽古場にいきました。
昨日は照明の三浦あさ子さんにお越しいただき、現在のところまでの全貌を明らかに。(八木さんは愛知でのお仕事のためいませんが、前回までの練習の時の音にて見せる形をとりました)
いくつかの疑問点をあげてもらい、また作品の構成を直したり。おおよそ45分くらいの作品にまとまるものと思われます。
三浦さんは「かめりあ」(2010)以来、木野作品に少しずつ関わってくださっていますが、とても心強い照明さんです。関西と関東を行ったり来たりしているので、とても忙しく、なかなかお会いできないのですが、、、。
実際の倉庫で踊るのは本番までないので、とにかく広さのイメージを持つべく、また走り込みをしつつ、踊りつつ。この前の岡部さん音などを思い出しつつ、神さまに想いをはせる静リハ。

ちょっとすごいですよ。
八木さんの音も。(なお、先日下見に行ったらリバーブいらなさそう、声も生でいけそうとのこと。普段の八木さんとはまた違った感じでみることができると思います。)

夜は遅いですが、ぜひお越し下さいませ。


タカセの夢2014

今年もタカセの夢は開催されます。
なんと今年はふじのくに世界演劇祭に2回目の登場いたします。
http://www.spac.or.jp/14_fujinokuni_sokuho.html

つまり2期生(正しくは3期生なのですが大幅リニューアル後)の3年目になります。タカセたちはじめからいた3人は中1から高2までの5年目に突入。今年高校卒業のみくちゃんも特別参加。ちょっと大きくなったタカセたちが再び大集合です。

今年の世界演劇祭は5月のGWに開催されます。
これは子供たちのためではなく(2年前出た時は本当に死にそうにきつかった)、芸術劇場の修繕工事のため。芸術祭終了後半年間のお休みに入ります。
SPACの本体は舞台芸術公園で。通常通りクリエーションなどはありますが、ツアーなどが増えるイレギュラーな形になるようです。
タカセチームの夏休みについては現在計画中です。




こえおんだぶ

こえおんだぶ@音や金時

1月18日(土)19:30
【こえおんだぶ/声音打舞】
蜂谷真紀(vo,voice)
吉野弘志(contrabass)
岡部洋一(perc)
木野彩子(dance)
西荻窪@音や金時 ¥2600+order
http://www2.u-netsurf.ne.jp/~otokin/

【Koeondabu/声音打舞】
Maki Hachiya(vo,voice)
Hiroshi Yoshino(contrabass)
Youichi Okabe(perc)
Saiko Kino(dance)
Otoya kintoki@NISHIOGIKUBO(Tokyo)


TIOでご一緒し、踊る歌い手と密かに思っていた蜂谷さんからお誘いがあり、こえおんだぶなるライブが行われました。即興ということだったのですが、蜂谷さんのおまじない曲(吉野さんはその前の日蜂谷さんがおいのりだかをしている夢をみたのだそうです)、各人のソロがありとても見所満載の回でした。
吉野さん、男前です。(実際モテるらしい)普通に弓で弾く曲をきいてみたいと思う人です。
岡部さん、多分あの調子でもう少したたかせておいたらほんとに神さまおりてきちゃいそう。ダンサーとしてはあのリズムはのせられてしまいます。
蜂谷さん、やっぱりとても面白いので、この方にはいつか踊っていただかないととつくづく思います。
特別参加のいもむしくん、りかおさんのミニアコーディオン、いろいろ予想外のことがありましたねー。



2014年1月15日水曜日

静リハ②

八木さんとのリハーサルは着々と進み、大体の構成をまとめ40分ぶんくらいにまとまってきている。いや、まだかわるとおもいます。
八木さんは今回一曲歌をつくってくださっており、(タイトルは未定)その歌詞に振付ける作業を行ったり、体力勝負なものでランニングしたりというのが普段です。この1ヶ月くらいはこれに没頭。こうしてつくれるのはありがたい限り。

昨日はbankartに下見にも。とんでもなく音が響くので、びっくりさせてしまいました。さあ、ここで何ができるのか。。。
久しぶりにきたら4年ぶりくらいで昔のバイト仲間(しかも静ちゃんという)にもあえすごくうれしい。懐かしの場所でもあります。

綾子舞の稽古見学にも伺い、とても興味深い話しをききました。
それについてはまた後日。

2014年1月13日月曜日

ティレ

東京芸術劇場にて勅使河原三郎ディレクションU18デモンストレーションを見に行く。

タカセの夢に関わり4年。劇場主体の中高生育成ワークショップがあちこちでおきていて、とてもうれしく思う。芸術劇場のこれは舞台ではなく、あくまでデモンストレーションということで、実際のワークショップの延長で行われた。

全編で勅使河原さんが指示しながら、ワークショップの部分を見せつつ解説をしていく。
子供たちへの言葉掛けもつづく。

とにかく身体をゆるめること。身体をのばしていくこと。そして和を保つこと。音楽を聴くこと。呼吸をすること。すべて勅使河原作品に通ずる内容であり、私自身がしていることにとても近い(学校で教える内容とはことなるが)と感じる。ゆるのびも発展するとこうなるのかもと思う。

ディレクションが明確なので、わかりやすい。

子供たちもよくついていく。でも必死だ。
タカセの子供たちと違うのは終って笑顔はないということかもしれない。

ものすごくわかりやすく言うとタカセの夢で行っていることとU18の試みは真逆である。
タカセの夢は基本の型を与えられ、その中で子供たちは自分を探し、いつしか型を変えていく。
U18では自由のまま、しかし指示に従っていく。
最終的に作品にしたものではないし、実際のワークショップの現場はみれていないのでわからない。子供たちもきっとものすごく緊張したのだろう。

勅使河原さんの名言のうち
最も私にヒットしたのは「正しいということはない」ということ。
バレエの型を否定するのではなく(勅使河原さんはバレエの型が気になってしまうらししくかなり否定していたが)、それを利用し、さらに乗り越える。薬指にスパイラルを加えてみる、足から指をつないでみる、そのつなぎを変えてみる、見た目同じ動きであっても感覚は開いていく。新しい発見をし続けることができるのであればどんな形だろうと関係はない。
正しいを目指したところで見失う。

人生も正しいということはない。
いい大学に入れば、いい会社に入れば正しいわけではない。
いろんな生き方があり、いろんな可能性がある。

そんなことに私が気がついたのは結構最近の話しで、それを中高生できがつけれたら何よりもすてきなことだと思う。
この子たちが気がつけたのか?それは疑問のままだと思う。


ラッセルさんはあるときどこまでものびていくんだ、どこまでもつないでいける、そう考えたら(後ろへそる)動きの痛みもないし、いつまでも続けていける、ありがとうと話した。彼がそれに気がついたのは47歳か8歳か。バレエの動きを熟知し、その上にあるone part2の最後の後ろへそっていく動き。そこに気がつくまでにそれだけ時間がかかったということ。彼はそれをティレといっていた。
私はバーレッスンなど後ろへそる動きをするたびにそのことを思い出す。
言葉にならないその感覚を大切にしたいと思う。


また、
言葉にすること、指示をすることで見えなくなってしまうことも多いと私は思っている。言われてすることではなく、自分で気がついていけることの幸せ。そのための場をいかにつくるのかが教育であり、それはとても難しい。



2014年1月10日金曜日

ダン活公開プレゼンテーション

ダン活
地域創造が行う「公共ホール活性化事業」の名称。ダンスでの活性化だからダン活。音楽の活性化はオン活。
アーティストを地方公共ホールに派遣し、ワークショップ、アウトリーチと公演を行い、地方でのダンス振興を促すという事業。

今回は公共ホールの皆さんにアーティストがこんなことできますと提案するための場でした。(ちなみにアーティストは選考があり、きのははいれていないのですが)
それぞれに特徴がありとても面白かったです。
30分のプレゼンテーション時間があるのですが、ほとんどの人がワークショップをメインに行いました。つまりこの事業においてどのようなワークショップができるかが作品以上に大切だという現状です。
一方でそのグループでなければできない特殊なワークショップというのは非常に難しい。特にダン活期間のような短い間で複数の場所で展開することを考えるとそこまでつっこめないということを感じました。
わかりやすく、かつ特徴的な方法論、手法。
コンタクトインプロビゼーションなどは学校、福祉施設など多くのところに応用ができることもあり、現実に必要とされていることもあり、このような企画にはぴったりだと改めて実感。(ちなみに日本のコンタクトインプロの草分けCIcoとモノクロームサーカスの両方が参加していました。内容も進め方もやっぱり上手いです)

ちなみにあまり知られていないようですが、このプレゼンテーションは一般にも公開されており、ダンサーあるいは教師がみてもとても興味深く勉強になることも多いだろうと思われました。ご興味ある方はぜひ。


久々にJCDN佐東さんに会い、明日から札幌だよーとのこと。
札幌踊りにいくぜ、仕事とリハで伺えなくてすごく残念です。
でも既に売り切れだとか。
札幌びとで、見に行こうかなと思った人は早めに行くことをお勧めします(当日券若干あるそう)。
木野の先輩、後輩、同僚(!)、あまりにいろんな人が出ていてほんとにみれないのが悔やまれます。。。みんながんばってね。

おまけ
地域創造ということで冊子地域創造の最新号をいただきました。
(なお、この冊子も無料配布しています。興味のある方はどうぞ)
その中にSPACの教育事業ということでタカセの夢についてものせていただいています。(中高生鑑賞事業、シアタースクールと並べています。研究計画書を思い出しました。)
宮城さんの想いがたくさん詰まっていてちょっとうれしい記事でした。

いろんな人がいてよい、いろんな人が生きていける寛容さ、それが社会としての成熟なのかもしれません。




静リハ①

八木さんとの静リハーサルスタートしました。
個人のリハは既にスタートしていたのですが、合わせは初です。
一昨年の「しづ」は20分ほどだったので大幅改定になります。どうなるのかしら。
昨年お世話になった巣鴨教会さんにて。

八木さんには久々にお会いしますが、やはり強力です。
いろいろなアイデアを出しつつ、構成をつくりつつ。
即興的に動いてみたり、走り回ったり。
静の舞はどうなるのでしょう。。。

白拍子の拍子はそのままの意味で、乱拍子の系譜。
能の「道成寺」「檜垣(観世流の奥義は蘭拍子を含む)」などにみられるよう、セメと呼ばれるシーンの足踏みが非常に大きな役割を果たしていたらしい。
足踏み、アメノウズメノミコトの踊りも台にのって足を踏み鳴らしたのだとか。

白拍子舞は現存せず、「今様之書」などそれに関する記述が全くないわけではないものの、どういうものかはわからないまま。なので、想像の余地も多く、いろいろお話しながらイメージを膨らませました。楽しみです。


2014年1月1日水曜日

あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。
今年も良き一年となりますよう。




すみません、今日のではございませんが、めでたいかんじで夏の富士山です。