2016年1月29日金曜日

ダンスハ體育ナリチラシ原文

チラシの内容がPDFからで見れないよという方のためにコピペしています。
PEはPhysical Educationです。
英語は木野ではなく溝端さん作成。(ちなみに文章もちょこっと変えられていて、怒る)
ありがとうございます!

木野 彩子「ダンスハ體育ナリ」体育教員としての大野一雄を通して 
2月11日(木祝) 14:00-15:00
2月14日(日) 14:30-15:30 
大野一雄は体育の先生だった。日本体育会体操学校を出て捜真女学校に赴任する際ダンスを始めたそうだ。現在の体育はスポーツ、体操、ダンスで構成されている。ダンスはなぜ体育なのか?なぜ女子=ダンスなのか?体育教員をしつつ思っていた素朴な疑問を見直してみる。音楽に合わせて体を動かす一般体操とダンスの違いは何か。大野一雄はなぜ体操ではなくダンスにハマったのか。そこにはダンスゆえの特性があるはずだ。体育がスポーツ庁の管轄になり競技色が強まる中、改めて体育の中のダンスについて考えてみたい。軽い運動を体験しながら進行しますのでラフな格好でお越しください。

Kazuo Ohno was once a PE teacher. He started to learn dance when assigned to teach at Soshin Baptist Girls School, some years after graduating from the Japan Athletic Association gymnastics school. Nowadays, physical education consists of sports, gymnastics and dance. Why is dance included in physical education? Why are girls expected to study dance? The idea to rethink these simple questions occurred to me as I am a practicing PE teacher myself. What is the difference between everyday gymnastics with music accompaniment and dance? What was it about dance that appealed to Kazuo Ohno more than gymnastics? The answer should tell us about dance's characteristics. I would like to rethink the role of dance in physical education, particularly where its competitive aspect is growing in importance, given that the The Japan Sports Agency, established in October 2015, have now jurisdiction over physical education.
I will have the audience do some light exercises during my lecture-performance, so please come comfortably dressed.


大野一雄 (1906-2010) と体育教員
函館に生まれる。秋田在住の高校時代は、陸上中距離走選手、また野球は四番ファーストだった。日本体育会体操学校 (現日本体育大学)を卒業後、横浜のミッションスクール関東学院で体育教員として教鞭を執った。捜真女学校への転任を機に石井漠舞踊研究所の門を叩く。戦争による中断を経て、江口隆哉・宮操子舞踊研究所でモダンダンサーとして活躍した。1950年代モダンダンス公演を行う中で、土方巽と邂逅、60年代に緊密な共同作業を行い、新たな舞踊を模索した。1977年土方演出による「ラ・アルヘンチーナ頌」を発表。1980年ナンシー国際演劇祭で同作品を上演した。捜真女学校には、戦前戦後を通じて体育教員として勤務し、教職を退いてからも営繕職を勤めた。1980年初の海外公演を前に退職。退職後も女生徒たちのクリスマス聖劇指導を継続した。


Kazuo Ohno (1906-2010) as a PE teacher
Born in Hakodate, Hokkaido, Kazuo Ohno was a gifted athlete. In his high-school days in Akita, he held the prefectural record in medium-distance running, and was fourth batter and first baseman in his baseball team. Upon graduating from Japan Athletic Association gymnastics school, Ohno was employed as a PE instructor at the Kanto Gakuin in Yokohama. On being transferred to the Soshin Baptist Girls School, he joined the Baku Ishii Dance Institute and later studied under Takaya Eguchi and Misako Miya. In the 1950s he gave several modern dance recitals and met Tatsumi Hijikata. They worked together in the1960s, seeking out new dance forms. In 1977, Ohno presented Admiring La Argentina, directed by Hijikata and performed at the Nancy International Theater Festival in 1980. Ohno continued working as a PE instructor at Soshin Girls School; after his retirement from teaching, he kept working at the school as a part-time janitor. He retired just before his overseas debut in 1980 but continued to direct and perform at their annual Christmas Nativity play.

2016年1月24日日曜日

きのさんとはやしさん

きのさんとはやしさん

はやしさん(略してりんちゃん)は大学の同期の友人。今は2児の母だが、今回「ダンスハ體育ナリ」に出演してもらうべく口説いてみた。
大学時代、ほぼ同身長ということもあり一緒に踊った中であり、(コウモリだって二人はいつも一緒)数少ないきの振付作品のダンサーでもある。子供もいるので(今時のままは忙しいのだ)リハーサル時間は限られているが、大学時代の話も含め、女子体育も含め、様々な話をする。その中で気がついたのは、大学時代はかなりの闇歴史でもある。
そして私はずっとそれを引きずっている。

りんちゃんは体育が嫌いで、体育の中にあるダンスに疑問を感じ教員にはならなかった。そういう意味で最強のコメンテーターでもある。(私も体育は苦手だ)
あれから20年(くらい)。
神戸とはなんだったのか。
舞踊教育とはなんだったのか。


衝撃的だったのは、
その20年くらい前の映像が勝手にウェブにあがっていたこと。
小さいからわからないってことだろうか。
卒業公演の時のもので、再演だけれど。

video

ご挨拶(ダンスハ體育ナリ)

いつもお世話になっている皆様へ

こんにちは
まだまだ寒い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。

私の方は筑波大学社会人大学院にて修論を作成する年末で、すっかり年越しそびれてしまい、年末年始のご挨拶もしないままとなってしまいました。おかげさまで無事「コミュニティダンスの歴史的原点と概念の再構成に関する研究日英の現状からみたプロモーション再考のために」というタイトルでまとめました。これまでイギリス、日本と転々としながら関わってきたことがすべてつながってきたような気がしています。まだ口頭試問などもありますが、今後も学びつつ踊りつつ続いていくのだと思っています。

今日はレクチャーパフォーマンスのご案内をお送りさせていただきます。
私は現在筑波大学(その昔は師範学校、東京教育大という名前でした)の学生ですが、その向かい側にあるお茶の水女子大学舞踊教育学科(同様に女子師範学校)の卒業生であり、かつては中学高校の教員をしておりました。その頃からしばしば「なぜダンスは体育なのか」と問われることが多くありました。また私自身が踊るダンス(と少なくとも私が思っているもの)と現場で必要とされているもののギャップに戸惑い、そしてコンプレックスのようなものを抱えてきていました。
現在多くのスポーツマンたちに囲まれてダンスを見ると、ダンスはあまりにも知られておらず、そしてあまりにもイメージがわかないものらしい。
そして私に限らずダンスの人は何かもやもやを感じているものらしい。
そもそもなぜ体育なのか、そこにはそれなりの理由があるはずです。

大野一雄さんは元体操の教員でした。女子校に赴任するならダンスだろうと石井漠の門を叩いたと言われています。ダンスが体育でなければ舞踏家大野一雄は生まれなかったかもしれない。
ダンス教育の歴史に触れながら、そもそもダンスとはなんだろうかと考えるきっかけとしていただければと思います。

最後になりますが、春より鳥取大学地域学部芸術文化センターに入ることになりました。学校現場で学生たちと学びつつ、創作活動を続けていきます。また様々なアーティストを招く事業を展開していくことができればと思っています。まだ転居先は決まっておりませんが、追ってお知らせいたしたいと思います。今後ともご支援、ご鞭撻をよろしくお願いします。

木野 彩子

おどりこさいこ:saikokino.blogspot.com

Amanogawa プロジェクト:amanogawa-project.jimdo.com







2016年1月23日土曜日

札幌Amanogawa プロジェクト

3月 札幌Amanogawa  プロジェクト
あのAmanogawa プロジェクトを札幌で開催します。
札幌は私の生まれ故郷。
震災の影響はあまりなかったと思われますが、それ故の反応が出てくるのではないかと思っています。この土地で生きる人を知りたいと思いこの企画を作りました。
ここしばらく学んできて私がしていることは傾聴にちかいのではないかとか、最近流行の哲学カフェに近いなあとか思いつつ、私が踊りで一番大切にしたいことが現れているプロジェクトであり、終らせてはいけないと思うのです。
北海道新聞さんに紹介していただきました!




Facebookですがページを作成しました。
https://www.facebook.com/amanogawa.project
応援よろしくおねがいします!

追記
Amanogawa札幌20150311(の現状況)の映像、Amanogawa新百合ケ丘20120311の映像、テキスト、写真資料を札幌天神山アートスタジオさんで3月末まで展示しています。
ブログにとりあげていただきました。http://tenjinyamastudio.jp/ct-future/3654/
天神山アートスタジオはアーティストの滞在スタジオのため、この雪の中ではひっそりとしていますが、今後札幌で滞在制作を計画中の方、国内外からアーティストの招聘を行いたい方、ぜひチェックしてみてください。



2016年1月16日土曜日

人は変わらないということ

人はそう簡単に変わらない。
10年経っても15年経っても同じようなものを見て同じようなことを話す。
人は変わらないけれど時代は変わる。
観客の感覚は変わり、問題意識も変わる。でもそれでも言わねばならないこと、伝えなければならないこと、その人の問題は確実に意味となる。

感じることは人様々
観客がどのように受け取るかはわからない。
ただしそれでも訴え続けるには
さらに長い年月を経て、それでも訴え続けるからには
そこにその人自身の人生をさらさなければならない、と私は思う。

私は人生を晒せているか。
そしてあなたは。



2016年1月11日月曜日

ダンスハ體育ナリ

修論ついでではありますが
実は現在作品製作中です。
「ダンスハ體育ナリ」@bankart 2月11、14日が本番です。
ちなみに13日は修論発表会です。
そしてスパカンたちは13、14で発表しています(@静岡)
冗談のようですが、色々重なってしまってそうなってしまいました。
(子供達にはまだ知らせていないので、SPAC関係者の皆さん、いいねしないようお願いします、、、)
さて、体育。
今日高円寺ダンスアワードのトークで松山善弘さん(日女体)、白井麻子さん(大体大)が話していた「ダンスはなぜ体育なのか」を話します。
白井さんとそのトークの前にも話していましたが(ちなみに大学の先輩にあたります)、私たちは芸術と体育の境目にいました。
お茶の水女子大学舞踊教育学科卒業ですが、そのあとの後輩たちは芸術・表現行動学科という名前になっています。ちなみに舞踊教育の前は表現体育。体育から芸術へという教授たちの意思がそこに見受けられます。
私は近くの教会で作品を作ったことがきっかけで、夜間だったらいけるかなと筑波大学(ある意味体育の殿堂です)の大学院に通い始めました。スポーツバリバリの中にいて、彼ら(サッカー、フェンシング、ラグビーなど多様なスポーツの出身者が集まります)から見るダンスとは私が今まで見てきたダンスとは異なるような気がしました。
現在体育はスポーツ、体操、ダンスの集合です。(これすごいことだと思います)体育がスポーツ庁の管轄となるにあたり、昨年体育学会で配られたアンケートには「スポーツ(ダンスを含む)」と書かれていたそうです。ダンスはスポーツなのか。スポーツとダンスは何が違うのか。体育にいる必然について、私たちダンサー、振付家は考える必要があると思います。
何故なら次の世代はその「ダンス教育」を受けて育つからです。
私はバレーボールで上からサーブが打てないのに体育教師になってしまった(ついでにいうと跳び箱3段もとべませんでした)、ダメダメ先生ですが、保健体育教員として生きてしまった私が、今話すべきことなような気がしています。
体育である必然
大野一雄さんは体操教員だったが、女子校勤務になって(仕方ないから)ダンスを始めた。つまり彼はダンスが体育だったから踊りに出会うことができた。
それは今でもきっと同じです。
それはわかっていますが、長く教員をしていて、私は私の踊るダンスではないものを教えていると思っていました。多分、それをちゃんと説明するのがこのパフォーマンスの主題です。
今回、大学同期の林洋子を招き、木野が迷走しないよう見張っていてもらいます。
お手伝いも募集しています!!ご興味ある方是非お声掛けください!
あ、データあげられない。
(チラシ到着は14日予定)
とりあえずTPAM webあげときます。
https://www.tpam.or.jp/2016/?program=ダンスアーカイヴプロジェクト2016

https://www.facebook.com/Dance-Archive-Project-1513315678922293/?fref=ts

コミュニティダンスの歴史的原点と概念の再構成に関する研究―日英の現状からみたプロモーション再考のために―

まず、修士論文提出しました。最終的なタイトルは「コミュニティダンスの歴史的原点と概念の再構成に関する研究―日英の現状からみたプロモーション再考のために―」となっています。
そもそも修士?とお思いの方のために説明すると
これまで大学の非常勤講師職も務めていたのですが担当してくださっていた先生がお亡くなりになり、引き継ぐことになって、ちゃんと勉強しなおそうかなと思ったことがきっかけで、夜間の大学院に行くことにしました。
ダンサーではありますが、もともと体育教員(中高)だったこともあり、学校教育のダンスをもう少しちゃんと見直すべきではないかと思い体育の学校を選びました。
イギリスで見てきたコミュニティダンスについて、そして自身の所属していたカンパニーはコミュニティダンス活動を拒否したこと、そのあおりを受け経済不振に陥ったこと。その時友人から依頼された仕事も消えてしまったことそれらは全てそのような時代の流れだったのだということを見出しました。私はきっとこの作業だけでこの論文を書いた価値があると思いました。政治や経済情勢によって左右されるダンス像というのが見えました。
コミュニティダンスというのもの原型を祭とカーニバルから明らかにしようともしました。
最終的に鶴見俊輔「限界芸術論」を援用し、コミュニティダンスを論じようとしています。
実は論点があまりにも膨らみ過ぎていて、友人には「紀要3本分くらいなんじゃない?」と言われており、正直追及が甘い面もあります。これからそれぞれの項目について精査していくのだと思います。
実はまだ発表と、試験とがあるのでどうなるかわかりませんが、とりあえず出したということで、まずはご報告でした。
論文概要ご興味ある方は木野までご連絡ください。(試験などもあるのでまだしばらく公開できませんが)

2016年1月1日金曜日

2015年

2015年

実は現在論文執筆が追い込まれていて、今年のまとめを書こうと思いつつかけていない。
今年の設定としては論文という一つの作品をまとめるのが一つの仕事。なにぶん文章を書くのは慣れていない。
それと今後の活動につなげるためにいろんな人に出会っていくこと。
そのためフルレングスの作品作りをお休みし、本を読み続ける時間を確保した。

いろんな迷いもあるけれど、これもまた運命だろうと思い、春から鳥取に移動します。
作品を作り続けていく作業は頑張って続けます。

論文を書きながら、
この作業は作品作りに似ているとつくづく思います。
そして、必要な本や情報はだいたいその時につながるという、ふと本屋で手にした本に、ちょっと気になって行ってみた展覧会に、そう、それなのよ!という何かがあって、多分生きていることと書くことは等しい。同じくらい踊ることも等しい。
ダンスの文章化は正直難しい。さらに私は忘れっぽいこともあって、人よりかなり時間がかかる。だからちゃんと書き上げられるかはまだわからない。というか、早く書けと先生に怒られそうだ。

一生が全てつながっていてそのまま作品みたいと思う。
一つの論文というのはあまり重要でなくてその積み重ねていった結果として見えてくるものであり、そのうちのひとしずくに過ぎない。さらに自分は大きい宇宙のお星様の一つで(柳宗悦は微塵という)いてもいなくても、してもしなくてもあまり差はなく、しかしたくさんもらってしまった愛情のお返しとして一瞬光ってみようかとする作業だなあと思いました。(あ、アマノガワだ。)私の作品は気がつけば全てつながっていて、この論文も拙いなりにつながっていて、死ぬ時までの(もしくはもっと先への)予言の書みたくなっていくのだなあと思うのです。

文章をかくという前に文章を読むという、読み方を、文章の裏にあるやり取りを知ることができたら、きっと楽しい。そんなことを思います。


各作品の詳細は載せませんがまず、簡単に箇条書きにて。各作品の詳細はこのHP上のラベルで検索してみてください。http://saikokino.blogspot.jp


◎作品

En attendant,,,,,
   Tanz Fabrik "Freistil"(ベルリン)

Amanogawa プロジェクト 札幌 20150311 

http://amanogawa-project.jimdo.com

En Attendant,,,
    @カトルカール、セッションハウス


フィボナッチの憂鬱

 @ダンスのための6人vol.3 スタジオgoo


◎一期一会@綜合芸術茶房 茶会記


第1回419日 見えないものを形にする行為 ゲスト:山崎阿弥 さん(Voice)

第2回6月21日 他者の身体を生きてみること ゲスト:川口隆夫さん(Dance)

第3回10月18日 音と写真の一瞬について ゲスト:森重靖宗さん(チェロ、写真)

第4回12月20日 現代に生きる古典について ゲスト:杵屋三七郎さん(江戸長唄、唄方)

◎出演作品
白いカラス(ハンダイズミ作品)@現代舞踊展、メルパルクホール


   
◎音楽とのセッション
Mobious with Hugues Vincent( Cello)
 @Espace du culturel Bertin Poiree(パリ) https://vimeo.com/118697746

En attendant Buto( Waiting for Buto) with Masahiko Ueji

     @Asil404
    @La livery(マルセイユ)

続々酔狂即狂 with松本健一、瀬尾高志、本田よしこ、方波見智子、上村なおか


 @入谷なってるハウス

踊 with 横山祐太
 @レッドベリースタジオ(札幌)
踊るのも音を出すのも生きること。with 横山祐太(tp) 小山彰太(ds)
   @くぅ(札幌)


Dance ×Classics with加藤文子(ダンス)・渡辺善忠(オルガン)・中野恵子(ピアノ)

 コンテンポラリーダンスとクラシック音楽の夕べ
 @巣鴨教会

Botanica 松野崇展 with 堀池龍二(パーカッション)

     @Botanica(静岡)

Sound and Herb with 池田千夏(ピアノ)、ジプシーカフェ葉花

 @森のテラス

本年最後の 初めましてのクラシックス 
 @渋谷 公園通りクラシックス
with 坂出雅海(ギター 他),張紅陽 :熊谷陽子(アコーディオン 他),清水一登(ピアノ 他),OBA,立木夏山 (役者),渡辺久美子,和中和央,武元賀寿子ほか

大学の同窓会

私は舞踊教育学というちょっと変わった学科を卒業している。変わっているだけあって同期は20人しかいない(本来は15人なのだが、この年だけ多かったらしい)今から18年前。
久しぶりに大集合のイベントがありそのうち15名が集まった。
卒業後の進路は銀行に勤めるもの、教職につくもの、様々で(私のようなフラフラしている人はいない)、年齢もあり、多くは結婚し母となり生活環境は一変している。(今回は名古屋などからも人が集まった)しかし、人の本質はあまり変わらないらしく、見た感じもあまり変わっていないことに驚き。

遠くに住んでいる人もいるため、なかなか会うこともできないけれど、懐かしい話をしながら皆繋がっていることに感謝して。


本年最後の 初めましてのクラシックス


@渋谷 公園通りクラシックス
《 本年最後の 初めましてのクラシックス 》
〜 インプロ、、
坂出雅海(ギター 他)
張紅陽 :熊谷陽子(アコーディオン 他)
清水一登(ピアノ 他)

OBA
立木夏山 (役者)
木野彩子
渡辺久美子
和中和央
武元賀寿子
、 他 飛入り あります

2015年12月19日 
渋谷 公園通りクラシックス
open 19:00 / start 19:30
1drink付き 3000円 当日500円up
◆問合せ先:
渋谷 公園通りクラシックス
03-3464-2701
http://k-classics.net
渋谷区宇田川町19-5 東京山手教会B1F
dancevenus@gmail.com
日本の誇るダンサー・即興家武元さんにさそわれて踊らせていただきました。
いろんなタイプのダンサーさんにお会いできるのはなかなかない機会なので、嬉しいことです。ナオミミリアンさんやら、みづたけ君やら、豪華ゲストが来てしまったこともあり、なんだかすごいボリュームの会になりました。
始まる前にも入り口駐車場でお外ダンス。懐かしい感じ。楽しい時間でした。



一期一会 第4回杵屋三七郎さん

12月20日 一期一会
第4回 現代に生きる古典について
ゲスト:杵屋三七郎さん(江戸長唄、唄方)

杵屋五三吉、三代目杵屋三左衛門に師事。また、東音会市川春子、清元節を清元栄三郎、萩江節を萩江露舟、友郁、小唄を長生秀に師事。日本の伝統芸術や音楽を尊重し、他ジャンルにも飽くなき挑戦を続ける、その姿勢について伺います。







今回4回目の一期一会で初めて事前打ち合わせを2回行いました。長唄「黒髪」と即興、そして話すという展開に。
「黒髪」艶歌です。

「黒髪」
黒髪の むすぼうれたる思いには
溶けて寝た世の枕とて 
ひとり寝る夜の仇枕
袖は片しく妻じゃというて 
愚痴な女子の心も知らず
しんと更けたる鐘の声 
昨夜の夢の今朝覚めて 
ゆかしなつかしやるせなや
つもるとしらで つもる白雪

3分程度の小曲ですが、この曲をもとに長唄と地唄舞の違いについてなど聞く予定だったのですが、「見ながらいくらでも変化していく」唄いの妙で盛り上がりました。
もともと歌舞伎の伴奏として発生してきた長唄(なお、杵屋さんは歌舞伎座などでもうたっていたのだそうです)。楽譜はありますが、基本的に口伝え。さらに間合いはそれぞれの人に任せられているからこその面白さ。そこに駆け引きが生まれ、それはすなわちセッションなのではないかと。

今回、そのあと行った即興で、終わりの動きを決めておくということをしたら、結構マヌケなことになってしまい、大反省しました。
「ここで終わると思ったんだよーでも、なんか終わっていないからさあ〜」という杵屋さん。いや、それはあなたが終わりは決めてくださいと言っていたからです。
でもおそらく私たちは「これ終わり」と思う瞬間を共有していました。

さて、終わりと言いましたが、それがわかる人は必ずしも多くありません。杵屋さんから決めてくださいと言われたのも「なんとなくここかなここかなと思って迷う(探る)自分が気持ち悪い」ため。私もそう思います。本当に少しの差ですが、でも確実に「終わり」があり、でもそれが共有できないと非常に気持ち悪い。
これはダンスに限らず、音楽だろうがなんだろうが一緒だと思います。

様々なジャンルの人とお話をすることは、私の栄養となると考え、この勉強会のようなものを初めて4回。今後も機会を少しずつ作って、いろんな方にお会いしお話を伺っていきたいと思います。
ダンスは(美術も音楽も)見て楽しむものではなく、身体を用いる哲学だと私は思います。踊る人の身体にはそれぞれの哲学がある。それを私は少し覗かせていただく。それが一期一会。
面白い方に出会ってしまったら、それはいつか何か作らなければ。

みなさまありがとうございました!