2018年12月31日月曜日

このブログをご覧になる皆様へ

○鳥取夏至祭についてはこちら
2018年鳥取夏至祭は6月22、23、24日で設定する予定です。募集などの詳細は後日お知らせさせて頂きます。

○大学用HPを作りました。詳細はこちら

公演予定などは今後の公演予定をご覧ください。

○Dance Potlatch ダンスのおくりもの
DVDを販売しています。(驚きの500円)収益金は踊るキノコ基金にまとめられ今後の活動へと生かします。
くわしくはこちらをご覧下さい。
お問い合わせをいただくのですが、送料のほうがかかってしまうため、東京、神奈川の方はBankART studio NYKショップ(馬車道)もしくは綜合芸術茶房喫茶茶会記(四谷三丁目)にてお買い求めいただくようお願いしています。うちのお店でもおけるよという方いらっしゃいましたら、お知らせください。
なお、札幌圏はキノコチケット札幌、鳥取はキノコチケット鳥取で対応しております。
ご希望の方はキノコチケットkinokoticket@gmail.com(@を英数字に直してください)まで。




20th sentiment ( Sapporo Biennale pre-event) film : Katsura Ishida

Mobius鳥取編(Chicago Moving Company 2016)film: Yusuke Sasaki
Mobius東京編(Chicago Moving Company 2016)film: Yasunobu Nakagawa

このページはダンサー木野彩子の現在の活動をブログとして紹介しています。
プロフィールの詳細やこれまでの活動につきましてはおどりこさいこ(http://saikokino.blogspot.jp)をご覧下さい。

This page is Japanese dancer Saiko KINO 's blog. Sorry, this blog is Japanese.
If you need to more detail of Saiko's work, please check Dancer Saiko page(http://saikokino.blogspot.jp), and click the label.


2018年8月15日水曜日

折口さんの言葉〜戦没者追悼式典に合わせて

死者の書を書いた折口信夫は民俗学者であり、詩人であり、そして国学者として知られる。日本という国を愛し、天皇を愛し多くの文章を残している。
この人の本を読むとただ単に日本万歳型の人ではないこともわかる。

戦後、彼の愛する養子春洋を失ったのち、『神やぶれたまふ』をよみ、またこのような手紙を春洋の兄に残している。

ただ思えば思えば、今が今まで、陛下の貔貅をあだ死にさせるような人々でないと信頼していた者どもが、今になって皆、空虚な嘘つきだったと痛切に知った悔しさ。例えようもありません。何よりも国をこうした危い状態まで導いておきながら、今なお、はづる(りっしんに鬼)ことなく、報導に技巧を凝らして、戦記を発表していることです。
(『折口信夫』植村和秀の指摘による)

天皇の言葉を重んじる折口としては天皇の代理者として職を軽んじ、国民の信頼を裏切った指導者たちに憤りを感じている。1935年頃より既に下克上の危険性を指摘し(『日本の古代国民思想』)ており、その後226事件(1936年)などの天皇の言葉と関係なく暴走する軍を見てきた折口だからこその思いがある。
問題は天皇制ではなく、天皇制を利用して自らの権力をつよめようとするところにある。そしてここしばらくの公文書の書き換え問題やメディアによる報道内容の偏りをみると「報導に技巧を凝らして」あたりがまさしくリアルに感じられる。


私自身は天皇制に賛成も反対もない。特別な感情を抱く人もいるのはわかるので、静かに見守ってきた。2016年8月退位の意向を表明した際(http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/12)、祈る人としての天皇の役割を述べ、健康上の理由から維持できないとした。祈り、そして各地を回り、直接国民と会って話すことは天皇を神格化させる流れと逆行している。人間のみこともちとしてできることとは何かを考えた挙句であろうと私は捉えていた。しかし今日戦没者式典を見ながら、ふと思ったのは、自らが動けなくなったり、意識がなくなったりすると、”やばい”という危機感からだったのではないだろうか。単純に大喪の礼などの行事や手続きが大変ということだけではないだろう。自らの意思に反して物事が動いてしまうことを防ぎたかった、そして憲法を、またこの国のこれまで歩んできた形を守るべく、あるいは国民全体にかんがえなおすきっかけとして退位を持ち出したのではないか。

実際退位が決まった直後から憲法改正への動きが活発化している。それまでもずっとあり続けていた議論だが、今上天皇がいなくなるならというような勢いがあって、心が痛い。そうやって式の映像をみてみると、安倍さんを睨んでいるようにも見える。
実際その心の中を知ることはできないけれども。


ダンスハ体育ナリ?其の2で扱っている時期1936年から40年くらいと折口は重なるところも多くある。例えば今日の報道で江橋慎四郎さん(元鹿屋体育大初代学長、ダン体2では学徒出陣の答辞を読んだ人として紹介)も今年春97歳で亡くなったことを知る。時代が過ぎ、かつてを知る人はいなくなってしまう。過ぎ去った歴史を振り返るのは文字の力しかない。私たちは彼らの遺した言葉を読み解きながら、どのように戦いが始まり、そしてどうして止めることができなかったのかを考えてみる必要があるだろう。

折口自身はその救いの先は宗教と文学だと見出し、そして古代の生活を見直そうと試みていた。直感を信じて。彼自身がある種の巫女のような存在であり、膨大な文章を書き残しているが、しかし最後には論文ではなく詩と小説として広く一般に広めようとした。文学に残されたある種の自由度を信じていたのではないだろうか。

私は自分が踊る人だったからダンスにする。受け取る人がその先を考える余韻を作ることが大切ではないかと思うので。

死者の書チラシが出来ました。




今後の予定(2018.8.15)

今後の予定
◎死者の書再読


お隣兵庫県にある城崎アートセンターで滞在制作を行います。9月15、16日には試演会も行う予定。鳥取県内では12月末を予定しています。美しいチラシ、小川さん、小木さんありがとうございます!この色使い、木野では思い浮かばない世界です。

http://kiac.jp/jp/post/4448

鳥取を拠点に活動するダンサー/振付家の木野彩子による折口信夫「死者の書」再読プロジェクトの滞在制作。
折口信夫の口述文学の傑作小説「死者の書」における、2つの世界が交錯していく構造や、多用されるオノマトペをもとに各シーンの動きをつくり、折口の心の中の物語として再構成し、ダンス作品を創作する。2つの世界を象徴する存在として音楽家のやぶくみこ(ガムラン、パーカッション)、杵屋三七郎(江戸長唄、三味線)が参加し、この世とあの世、男性性と女性性が重なる瞬間を模索する。また、照明家の三浦あさ子との共同作業により、この世ではない世界の見せ方を探究する。滞在中、市民を招いたオープンスタジオで成果を発表する予定。滞在制作後は、鳥取県内での上演を計画している。



◎わらべ館即興音楽とダンスのワークショップシリーズ
夏至祭の時に踊るの楽しーと思った鳥取の皆さんに即興の面白さを定着させるべく2ヶ月に1度の即興音楽とダンスのワークショップシリーズを開始します。(助成:文化庁大学を活用した文化芸術推進事業)
夏至祭メンバーだった皆さんにもお越し頂き即興ワークショップを遊びつつ幅を広げていけるといいのではないかと。日程は以下の通り。
次回9月は金井隆之さん(声楽、マンドリン、ギター他)と荻野ちよさん(ダンス)が声を使って遊びます。
7月22日(日)午前
9月30日(日)午前
11月18日(日)
1月26日(土)
3月10日(日)

この事業は鳥取大学芸術文化センターのアートマネジメント人材育成事業の一環でもあります。こちらの講座も企画中。多角的にアートマネジメントの視点を学びたい人を募集中です。正しくは私が学ばないといけないんですけれども。










◎「ダンスハ體育ナリ?」またやります!10月6、7日@ドイツ文化センター
実は大野一雄編(其の1)でという話が動いていたのですが、両方やっちゃいます。本気です。ダンサーで先生という木野経歴ならではのレクチャーパフォーマンス、いそうでいないと様々な方に言われています。おだてられたからではないですが、これはこれでもう少し掘ってみましょう。
DNAは青山ビエンナーレ、トリエンナーレの後継事業。青山円形劇場に育てられたと言っても過言ではない私としては久々に故郷帰りです。

http://dancenewair.tokyo/2018/木野彩子『ダンスハ體育ナリ?』/
ウェブサイトに紹介も載っています。

ステージナタリーさんが取り上げてくれています。
https://natalie.mu/stage/news/290729




◎鳥取銀河鉄道祭2019年11月に開催します。
それに向けてのリサーチ・ワークショップ活動がスタートします。

取り急ぎフェイスブックでページを作りました。ウェブサイトも制作予定。少々お待ちください。
https://www.facebook.com/Gingatetsudou.Tottori/

HPを作ったら、どうもインターネットエクスプローラーだと動かないらしいということが判明。グーグルクロムなどでご覧ください。
https://scrapbox.io/gingatetsudou-tottori

ほぼ毎週1回くらい(ほぼというところが私たちの緩さらしい)鳥取の皆さんと一緒
に銀河鉄道について、宮沢賢治について、鳥取の暮らしについて語るカフェ・ミルキーウェイ続行中。こちらに記事載っています。http://totto-ri.net/news_cafe_milkyway2018/


◎Amanogawaプロジェクト鳥取2018年11月の予定でしたが2019年1月になりそうな感じです。準備が色々間に合っておらず、でもこれはちゃんと続けたい企画です。

2018年8月12日日曜日

ネパール仏教

このタイミングで何故か、ネパールから金剛阿闍梨が来るからきませんかと言うお誘いをいただき比叡山へ伺う。
このブログを見るとわかりますが、木野は昨年カトマンドゥへ行き、何故か謎のダンス教師チャンドラマンさんに出会い、様々なチャリヤヌテラを教えていただいたのですが、私よりはるか前よりネパールに通い詰め、学んで、今は尼となり普及に務める岡本さんと言う人がいます。
え?なんで比叡山??とか思いつつ伺いました。
で、護摩だきをしました。(ちなみに来週は三徳山での護摩だきなので、比較の上でも貴重な経験です)そのあとチャリアヌテラを拝見し、ご飯をいただき、住職さんとお茶をすると言う謎の経験に巻き込まれました。

ここにきていた民族音楽の先生と色々お話しし、この世の中の不安定さ、また自身の存在感を失ってしまうのを止めるのはやはり音楽や舞踊といった芸能と、宗教しかないのではないかと言うこと。様々なお祭りの魅せる前のお祭りの面白さなどを話し、妙に共感。
重要なことはうまいとかへたとか誰が決めたのか、その前に戻せばいいんじゃないかと言うこと。

その先生曰く、一時期ネパールによく通っていたそうで、正直貧しい国だけれど、お祭りを欠かすことはない。つまりこのお祭りによって人々は心のバランスを保っていて、それゆえ豊かに暮らしていると考えたそうです。
心の豊かさ。
コンピューターやAIに全ての仕事が置き替わられてしまうなか、人でなければできないことは何かと考えた時に、この身体に関することと、心に関することしかありません。
芸能や哲学、宗教はそこにダイレクトにつながる可能性がある。

宮沢賢治じゃないけれど、なんで生きるかって大事だと思うんです。
(比叡山で宮沢賢治歌碑見つけてビビりました。まさかこれに呼ばれたわけじゃないよね??って)


注(追記)
岡本さん、日本の密教について学ぶべく、比叡山にて修行をし、尼になったそうで、その時の指導教官(僧の世界にもあるのです。また比叡山の住職という仕事は輪番と呼ばれ、3年で交代していくのだとか)がご住職だったということもあり、今回の企画が行われたとのこと。ネパール仏教も天台宗も、どの宗教も受け入れるという比叡山の懐の深さがすごい。(日本の仏教はみんなそうなのかもしれません)実際に真言宗の僧籍の方がいらっしゃり伝法灌頂を受けていました。
尼になる修行はかなり厳しいもののようで、あまりにもたくさん詰め込まれるので、毎日1時間くらいしか寝れなくて、でもそういう密な時間を持てたことはとても貴重な経験だったそうです。

余談ですが私、最澄さんと同じ誕生日らしいということを知りました。(お祝いがあるのだそうです)

31th All Japan Dance Festival in kobe

帰りの電車の中。
All Japan Dance Festival神戸31回大会の引率をしてきました。
うちの学校はすでにカリキュラムの関係でそもそも参加できるかが怪しい状況で、しかもプログラムデータの送信が遅れ、厳重注意を受けてしまうものの、学生たちの希望で今年も参加発表部門のみ参加しました。(コンクール部門の予選日に試験が入るため)
俗に言う裏方作業もしておらず,すみませんなのですが、この大会が作ってきたものとはなんなのだろうかと色々考えさせられます。

自身が学生時代に関わっただけではなく、中高の教員時代に引率していた学生が入賞、受賞したこともあり、それがきっかけで何人かの学生が舞踊で大学に進ぬ学しました。そのうちには現在もダンサーとして活躍する子もいます。
大学時代に一緒に踊っていた子たちが審査員となり、コメンテーターとなり。

私が出演していたのは第8回(大学1年時)、第10回(大学3年時)(母校では大学3年までしか出演しない規定になっているため)その時には文部大臣賞、特別賞(とそれに伴う学長表彰など)を受賞しました。その時の話はダンスハ体育ナリでも語っています。選ばれた側ですが、それでも思うのはダンスは評価できるのだろうか、と言うこと。

それは既に亡くなられた石川さん(元横浜ダンコレプロデューサー)などにも話しましたが、賞をつけられないものではないか。と言う素朴な疑問です。
様々な多様性をと言うのであれば多様性を評価すべきである。少なくとも特プロを見ながら3賞になると突然意味のないところで足を上げ、見栄えのいいリフトをする学校が増えてくる。(学生でできる)見栄えのいいリフトはそんなにないから、同じ動きになってきて、音と衣装の違いくらいしか見えてこない、となるのは何故なんでしょうか。

私ができることはうまいってなんですか?と疑問を投げかけること。
なんでみんなで揃って踊るんですか?と疑問を投げかけること。

この世の中にちゃんと警告を投げるような作品がどれだけ見られただろう?
みんな見栄えの良さに囚われていないだろうか。
それは一昔前の体操の大流行と変わらないんではないか。
確実にこの数年で数押し、迫力押し作品が増えていることに関し、危機感を感じています。(ダン体その2のメインテーマです)


特プロを見る前に時間が空いてぷらぷらしながら(死者の書衣装を探していました)、そこですごく泣いてしまう。
自分のコンプレクスの源であり、絶対変革しなければいけない、でもそれを愛し、かつそれにより生きている人がいる時に、私は何が言えるのだろうか。
高校生が大学生の踊りを見て憧れて入学する(AOなど推薦入試も多々ある)システムもでき、そんな中、わたしは何ができるのだろう。

今年大学は予選通過と受賞校数がかなり減ったそうです。高校生の比率に合わせてとのこと。大学の部の特プロと決戦を見て私は多様性と言う意味でももったいないことではないかと思いました。審査員に誰がなるかと言うのも大きく影響を与えていそうです。


ダンスハ体育ナリ(その1、その2ともに)への宿題は多く残された。そんな感じです。10月までの宿題。


2018年8月3日金曜日

闇のはなし

銀河鉄道の夜第3次稿までにはブルカニロ博士という人がいる。
さらにカンパネルラと別れた後、ジョバンニが出会う、セロのような声の男の人。(これは博士と同一人物という声も、賢治自身だという声もある)この人は突然やってきて宇宙の真理について話しはじめる。ほんとうと思われていたものがいかに変遷していくか。時間と空間が一気に流れ、その全てを体感させる。だからこそ、その謎の鎖を解かなければいけない。そしてジョバンニは走り始める。

私が見たのは真っ暗な闇だった。祭の最中一瞬にして真っ黒の穴の中に落ち、またすぐに戻ったけれども、あの闇はなんだったのか。この人の孤独のようなものを読み取ったかと思っていたが、そういうことではなく、この世かもしれないと最近は感じる。いろんな意味で滅んでいく方向に時代は流れていて、そして人も動いていて、ある種の必然の中石炭袋に向かっていくその先を垣間見たのではないか。

いろんな文字、言葉やいろんな画像のようなもので介入してくる思考が増えてきて、それ以来走れ走れと言われている。だからとりあえずその時以来走り続けている。
多分その暗い闇は怨恨とかそういうものではなく、ただ虚無で。(ダン体のレビューに『激しさや怒りを超えた虚無』という言葉があって、ああそうなのかもと思った。だから空っぽだったんだ。と。)
怨恨であればそれなりのエネルギーがあり、それを変えていくことができるかもしれない。でもそういうものではないようで、何もどうしようもない。
でもせめて、少しでもできることがあるとすれば、史実に基づきつつ、この見えてきてしまった物事を言葉にし、踊りにしていくことでしかないのだろうと。ダンスハ体育ナリ2の最後のシーンはどうにもならないけれど、でも踊るとしている。カナリアのように少し先に察知して必死に踊る。
芸能者は時代を読み取る力のある人であり、そして予言をするような存在でもあった。(でも当たらない人もいた)

謎の経緯で預かってしまっておそらく共有しているこの暗闇。このとき起きたことがどういうことかをきちんと言語化していくことと、この暗闇そのものをあらわすことがここしばらくの課題ではないかと考えている。

今回作る死者の書は2つのお話が交錯しており、そのうち一つはこの暗闇の中。折口は1人称で書いていて、その中にいる人として書いている。でもおそらくそれは私がそのまま自分の身体を通して見えるようにしていかなければいけないもの。もう一つは暗闇に触れてしまいせざるをえなくて全力ダッシュしちゃうようなところ。つまり闇の外。でもだからこそ暗闇が見えてくる。
いずれにしても自分の意識をいかになくしていくかを目指していく作業ではないかと。

言葉ではなく、身体を介して目に見えない世界を作り出していくこと。それも2種類、真逆の形で。しかし本当は真逆なのではなく、表裏のような、円の中と外のような。
IchIの時の上野君がやっていた役と私の役割を合わせて私が一人で作り出せればいいのではないか。光と影そしてそれによって明らかになる闇。
Mobiusで話していた表と裏のひっくり返しと追っかけっこのような関係で相互に補完し合っている。

カンパネルラとジョバンニは実は一人の人物だとする説もある。多分そのような試みが『死者の書 再読』の世界ではないかと思っていて制作は続く。




毎週、銀河鉄道の夜

来年銀河鉄道の夜を基にした音楽劇を作るにあたり、街中リサーチの一環として毎週、銀河鉄道について考えたり、話したりする会を始めます。
毎週、銀河鉄道の会。第1回目はいきなり倉吉と津山からお越し下さったお客様が。山陰地域のフットワークの軽さに驚かされます。宮沢賢治が書き換えていった初期型と最終稿の違いなどをお話ししながらあっという間に2時間半。
毎週火曜日だと来れない人もいるということで、少しずつ日程をずらしながら続けていくことになりました。とりあえず次は8月7日。

(鳥取銀河鉄道祭という名前も長すぎるので、素敵な略称もお待ちしています。とりぎん以外でお願いします。)


とフェイスブックにあげていたところ早速この名前堅いと言う声が。
そんなわけで次回からゆるーくカフェ・ミルキーウェイです。かわいい。。

2018年8月2日木曜日

狂言

このタイミングで野村家鳥取公演を見に行く。演目はちょっとマニアックだけれど(舟取婿と小傘)わかりやすく動きのある演目だったので、お客さんも楽しんでいました。オリンピック効果もあり観客席満席。
万作さん、萬斎さんの順で出てくるのだけれど(これは昔から。人気の問題と小傘は人数が多く出てくるタイプの演目なせいもある)万作さん87歳まだまだ元気。笑わせどころから何から可愛くってしょうがない。能も含め歳をとってからが勝負と言われる伝統芸能の凄さを思い知りました。遠くてもしぐさがすべてわかる。そしてその人の色が出てくる。狂言の言い回しには独特の節があるのだけれど、そのお約束に乗っかっているのに自然に聞こえてくる。そしてあの倍音みたいな声。そんなわけで万作さん、今見時です。

狂言は大学時代実は狂言研究会(入学した頃に配っていたチラシに大きく丸と狂が書かれていて、ナンダコレハと思ったのがきっかけ)に入っていて、野村家にお世話になっていた時代があります。当時萬斎さん、襲名したばかりで、イギリスに行って帰ってきたあたりの頃。
伝統芸能というと堅苦しそうだけれど、すんなり入らせてもらって、装束の虫干しとか稽古場とか見させてもらえたのはある意味貴重な経験だったと思っています。(当時はマニアックな部活で、4つの大学合わせても私の学年は私しかいなかったという)謡本のカバーが皆千代紙とか使っているのに、たまたまあったアルビンエイリーかなんかのチラシで作っていたら驚かれた記憶が。変な子だと思われていたに違いありません。
扇の使い方、すり足の基礎みたいなものはここで学んだと思っているし、民俗芸能を見に行ったりするくせもここでついたような気がします。(なので教材としても結構いいのではないかと思って非常勤枠の授業を作ろうとしたこともあります)

能だと眠って起きてもまだ同じシーンだったってことがあるという昨日の解説をしてくれた高野さんの言葉は、同じことをキューバ人も言っていました。でも高野さん曰く、狂言は全部しゃべり尽くすから進行しちゃって気がついたら終わってますからと。能が舞であるのに対し、狂言がセリフ劇であるとも。なるほど。そういえばそう。(でも私自身は小舞といって練習曲のような舞を学んでいたのだけれど)能だと源氏物語とか文学の話になっていくんですけれど、狂言普通の人ですからとも。
常に能の陰に隠れていた狂言という存在。ここ数年茂山家の活躍もありどんどん表に出るようになってきています。今の時代に合っているんだろうなとも思てみていました。
一方で多分今自分のしていることは能の世界に近いことであえて舞なのだなあと思ったのでした。

2018年7月28日土曜日

ダンスは恥ずかしいか。

ダンスは恥ずかしいか。
私は恥ずかしいと思う。

私はダンサーという仕事をしているが、実はダンスは得意ではない。
少なくとも運動神経は鈍目の方だ。(正しくは運動神経という神経はないのだけれど、運動適応能力が低いと言えようか。)跳び箱3段飛べないのに体育教師になってしまったくらいだ。だから人前で踊る時はかなり緊張するし、さらに言うとできるだけ避けたい。

なぜ恥ずかしいかという感情が現れるかといえば、それは傍観者がいるからであり、離れて見ている人の目を気にしている証拠でもある。すべての人が踊っているような場(例えばお祭りのカオス)では恥ずかしいという感情は出てこない。そもそも近代になって”自我”が生まれて恥ずかしいという感情が出てきた。(何せそれまでは裸だろうと何だろうと何でもOKだった文化だ)私のワークショップのような場ではむしろ踊っていない方が目立つので恥ずかしいとなる。(なので見学などは入れない)
皆でやっていても、あ、間違えた。あ、向き違った、目があったと恥ずかしくなることがある。しかしこれもまた、正しいという規範があるから起こること。
なので、正しいという規範を取っ払ってしまえばいいのではないかと思い、即興なども始めた。(本当は私自身は即興が苦手なのにもかかわらず、理論上、また一般への広がりを考えて戦略的に選んでいるところがある)


ダンスハ体育ナリの中で行う体操は動きは簡単だし、皆できる。できるように作られている。でも、この若干の拒絶感もありつつ、みんな立ち上がってやっている中やらないという選択肢を選ぶ人はいないし、その言い出しにくさみたいなものが実は集団性をも作っている。
みんなやってるしまあやってみようか、やってみたらまあ気持ち良かった、健康になるらしいよ。そうやって少しずつ慣れていくもの。
でもそのちょっとした恥ずかしさ、抵抗、言い出すことができる場を本当の意味で作り出せるかといえば学校というシステムの中ではすごく難しい。


かつて体育教師として「ダンスは自由に踊っていいんだよ」と言いながら、整列やラジオ体操も正確にこなし(あれも実は踵を上げる上げない問題など細かい規定がある)、体育祭ではマスゲームを作って、100人で踊るみたいなことを行いながら、私がやっていることと何かが違うと感じてきた。でも毎年やっていることだから、学校の方針だからとそれなりに続けてきた。現実として集団性を作り出していくためにも、ある程度の流れが必要とされており、みんなを引っ張るという点でしっかりしていなくて、私はダメ先生だったし、反省している。一方でこの矛盾はどうなのか?と変えることはできなかった自分もいる(それでも先輩先生をかなり質問攻めにした)。
恥ずかしいと素朴な感想をいいにくいのはそれにちょっと近い。

10年以上が経過し、皆がダンスを踊るようになり、でもそれは自分が踊っているダンスではない時に、私はあえてそれでも自由に踊るダンスについて全く違う価値観の中話そうとしている。私の言葉で、でも私の言葉だけではなく、様々な視点を冷静に見つめ。
下手なりに、でもそれでも今これ言わなきゃいけないだろう、恥ずかしいなりにでもここでいっとかなきゃ、そういう覚悟と決意と一生懸命さを持って。
レクチャーパフォーマンスもセルフドキュメンタリーもそういう必死さでしか私は作品を成り立たさせられない。

裸になって出る覚悟。それでも訴えなきゃいけないこと本当はそういうことだったんじゃないかと思う。ある種の当事者性。時間かかってるけれど、自分の中の素朴な疑問、素朴な訴え、それを形にしていくのが私の仕事。

Dance Archive構想の会報誌に乗っている山添さんの言葉への私なりの返信。





2018年7月26日木曜日

わらべ館ワークショップレポート20180722

わらべ館ワークショップ
722
講師:やぶくみこ
サポートスタッフ:荻野ちよ、田中悦子、高橋智美
参加者数:31

主な内容
9時半— 顔合わせ、ファシリテートとは?ワークショップの流れ説明、会場設営。⑴
1020分〜 子供達が少しずつ集まり始める
10時半〜 高橋さん、木野からの簡単な説明
(写真、ビデオの撮影、水分補給、靴下を脱いで参加してもらうことなど)
            木野から簡単な準備体操、からだゆすり、歩いていてハイタッチ、引っ張り合い、つながりが伸びていく、、、
            だんだんと音楽が入って気がつくと動きが広がっている。⑵
11時ごろ 遅れてきた子供達がモジモジしているが少しずつ入りはじめる。⑶
1115分 集中が切れてきた様子なのでさすがに一回落とした方がと思い、みんなを楽器の前に集めて「やぶさんのいろんな楽器の音を聞いてみようコーナー」⑷
1123分 じゃあ何しようかと聞いてみたところ、みんなで持ちたい!とKくんがいい、一人一つ楽器を持って演奏しつつ動き始める⑸
11時半 振り返り

スタッフの振り返りを行い、その後希望者でご飯を食べ交流。終了しました。

振り返りで出てきた内容
    時間にゆとりがあった。もう少し集合が遅くても大丈夫?
    集客問題、年齢対象の問題
「どんな動きをしたらいいのかわからない。」→子供達を模倣してみる、真似は最大のリスペクトでもある。
「何か答えがあったり、目標があるということが当たり前の感覚だったので驚いた」(参加者の声)
少し長すぎたのではないか。(40分くらい動き続けてしまった)
前半で飛ばしすぎた。
    なかなか入りにくい様子だったが、小さなベルをあげて、それをきっかけに関わりが出てきた。→音楽を演奏することも歌うこともダンスを踊ることもすべては連動していて、ダンスまで大きな変化は難しくとも、小さな動きからだんだん広げていくことはできる。
    子供達の興味が楽器に移り始め、やぶさんの楽器を勝手に持って行き始めたので、止めるためにも区切りました。貴重なものもあるので。
子供達は様々な楽器に興味津々。いろいろもたせてあげたりできたのも良かった。
一方でやぶさんがせっかく説明をしているのに、聞いていない子供達。多動の問題はここ数年の子供達に多く出ており、情報が多すぎる社会の影響ではないかと思われました。
    楽器を持ってすぐ鳴らし始めてしまうので、一回静かにしてもらう。音を出すことは同時に聞くことの勉強でもあり、この辺り本当は丁寧にやるべきところ。(終了後やぶさんともお話ししましたが、円形ホールのため、響きも回ることもあり、難しいポイントでもあります。)終わりの作り出し方。どこまでリードするか、どこまで子供達が察知できるか。


今後の課題点
○対象年齢層が幼すぎると、ワークショップの内容を理解できない問題。
もちろん小さい子供もいていいが、中心年齢層を小学校低学年、中学年くらいに設定できないか。Kくんや夏至祭の参加してくれた女の子たちもおそらく10歳程度。→広報も兼ねて検討が必要
○小さい子たちに楽器を持たせると鳴らし続けてしまい終わることができなくなる点(前回も同様)→彼女たちの時間感覚が違うのと、「終わり」の概念がないため。
小さい子たちの場合はボディパーカッションのような感じで展開することもある。
鳥取県内の音楽家層の発掘(もちろんダンスの人もですが、音を聞けて即興に対応できる人が必要。)
○どこまでリードを減らしていけるか。
○何が起きても大丈夫、むしろ子供達に何をしたいか聞いちゃうこのゆるやかさが大事なのではないだろうか。ここでは何をしてもいいんだということをわかってもらう。そこに少し時間がかかっている気がする。(逆に言うとそれだけ子供達は拘束されているということかもしれない)

次回は9月30日。金井隆之さんと荻野ちよさんが中心になって進めてくれます。
ファシリテート側を学ぶ人も募集中。こちらはあらかじめご連絡ください。一応こういうものの一環になっています。わかりにくいけれど。






演劇とダンスの境目について

演劇とダンスの境目について
体操とダンスの境目を考えるダンスハ体育ナリ?シリーズだけれども、学生さんなどに演劇とダンスってどう違うのか聞かれたので少し書いてみます。

私自身は高校時代に演劇をしかもシェークスピア3時間やっちゃうような地域(石狩支部)出身で、全国的に見ても当時は演劇が盛んなところだったので、その影響を受けています。当時60代の顧問陣がかなりの勢力を持っていたせいもあり、合同公演などかなり多彩な活動を行っていました。(さらに言うと鳥取大学に来てからその勢力は今でもあることを知り衝撃を受けました)

大学時代はダンスを、その後一回演劇に浮気(?ク・ナウカにいた時代があります。学校の先生をしていたこともあり、半年ちょっとで「身体追求します」とやめています)してまた戻り、海外でて演劇の国でダンスを踊り、戻ってきたら「歌って、踊って、演技するアフロコンテンポラリーダンス」(SPACニヤカムさんワーク)に巻き込まれ、自身の作品でも「自分で自分のことを語りながら踊るセルフドキュメンタリー」と「レクチャーパフォーマンス」を扱うようになりました。

自分のことを取り上げる上で、半分は演劇という意識があるため、言葉を使うことには抵抗がなく(ただし言葉を覚える能力に問題があるため苦労はする)、しかしそれでもあえて私はダンスの人間だと思っています。

ダンスと演劇の境目をよく言葉の有無で判断するのですが、もはやダンサーが語る作品は少なくないし、無言劇のようなものも増えていて、そこでは判断ができません。
ただ、私がダンスと演劇の両方を体験してダンスとは「私が私のまま存在している」ことと「あえてわからないことに手を出しているところ」本質的に「観客ではないものへ差し出しているところ」があると感じています。
役柄が存在しないため、あくまで私は私のまま。例えばボレロのような演目でも「ギエムさんの」「ジョルジュドンの」となります。その人がそのまま浮き彫りになってくるのがダンス。
わかるためなら言葉を使用した方が確実だけれども敢えて使用しないことによって抽象性を高め、かつ観客の自由解釈を可能にしているダンス。
つまり理解したかったり、カタルシスを感じたい観客を裏切っているという点で不親切なダンス。でもそれは神様とか何か別物のために行われている儀式のようなものだったり、情動の流れだったりするので、行わざるをえないもの。
ちょっと動物さんに近いんです。
理性を超えて動物としての人間の力みたいなものを解放するような行為。

逆に言えば、「自分ではない何者かに変わる」演劇、「わかることが前提にある」演劇、「見に来た観客のために作りこまれた」演劇みたいなことを思うのです。演出家の意図したパッケージみたいなものをそのまま受け取ることが求められるし、そういう快楽だと思う。だからこそ非常に政治的、社会的なアプローチが多い感じもします。


先日平田オリザさんの『日本近代文学衰退史』を拝見しながらそんなことを思いました。すごく面白く、個人的にはこれまた宮沢賢治さんがツボなんですけれども。あ、私やっぱりダンスなんだと改めて思いました。思考回路が演劇の人とずれている感じは前から思っていたけれど、基本としてコントロールを超える方向へ進んでしまうし、組み上げていく感じではない。もちろんダンスにもいろいろあるのですが、非常に個人的で、かついかに解放していくかということで、開放していくということなのだなあと改めて思い、一般に言うダンスとの違いについても考えさせられました。


ダンスはものさしが一つだからと言われたことはわからなくはないけれども、鳥取夏至祭は様々な身体性を提示するために設定したと私は捉えています。
演劇は一つの箱の中にたくさんのものさしを入れて世界の縮図を提示する、そこから学んだ結果です。大分あらわれ方が変わってしまったけれども、両方関わり、みてきて、今自分にできることはそういう立ち位置でした。

授業の中でもこんな感じで横断しているので、どうしようかなと思って研究室につけた名前は「ダンス・身体表現研究室」。演劇は専門家(五島先生)がいるので、お任せしつつ、でもいつか身体表現という大きな枠組みで、あらゆるものが混ざった何かが作れるようになったらちょっと素敵だと思っています。


2018年7月19日木曜日

祈りと鎮魂

舞踊のもともとは祈りと鎮魂。
Angelsの時にもダンスハ體育ナリでも話している。(この前スライドを見直していたらあった)
でも、最近死者の書を読んでいて気がついた。
鎮魂はこの辺りにいる霊魂さんを鎮め、おとなしくしていただくことのようだけれど、多くの芸能には魂を振るつまり霊魂さんを喜ばす振り付け(動き)と音が含まれている。鈴を鳴らしたりするのがわかりやすい例。鈴や手に持っている扇は依代。そこを通じてやってくる。
そのやってきた霊魂さんと一緒に自分の気持ちや意識も収めるのが鎮魂。霊魂さんのためにするのではなく、自身のために行うものであるらしい。

油断すると暴走してしまう、意識が飛んでしまうのをちゃんとこの世に繋ぎとめておくための作法。引き寄せられないように、ちゃんとするべきことを守るべきところで行うお仕事をこなしていないといけない。

踊り手や巫女さんは霊媒というかミディアム(メディア)で油断すると飛んで行ってしまう。時間も空間も。そしておそらく折口本人もそういうタイプの人だったらしい。実際授業も毎回内容が異なり、非常に即興的だったことが弟子たちの言葉からわかる。
沖縄や三信遠の民俗芸能リサーチの各旅はかなり過酷なものだったようで、そうして体を酷使することによって古代の人の生活を感じ取ろうとし、また彼自身の心を維持することができたのではないか。

気がついたら魂あこがれいでて二上山な郎女の話もリアルにちょっとわかる気がする。


昨年アイヌ刺繍を学んだけれども、あの刺繍という作業、あるいは織物、俗にいう、手遊び(てすさび)も心を落ち着けるのには良いようす。うまくできている。

2018年7月17日火曜日

日本海新聞に銀河鉄道祭を取り上げていただきました。

日本海新聞(鳥取では最もポピュラーと言える地方新聞)に鳥取銀河鉄道祭を取り上げていただきました。水田さんはいろんな意味で子どもたちの居場所作り(ちいさいおうち)や鳥取のアート系情報サイトtotto編集長など多彩に活躍をしている鳥取キーパーソンのうちの一人。いつもありがとうございます。
銀河鉄道のお話を通じて鳥取について私がまなぶとともに(私も来て2年という新参者なので門限ずと同じように発見の日々が続いています)鳥取の皆さんにアートや芸術ができることの可能性を伝えていきたいと思います。
多様な生き方を受け入れていく土壌は鳥取には既にあると感じています。

と、この記事が載っていたのは昨日だったのですが、今日早速河本緑石さんについて語ってくれる来客がやってきました。突然大学に。私はいないこともあるので、ご連絡くださると嬉しいのですが、一緒に作るよ!という方大募集中です。

2018年7月12日木曜日

DNA記者会見

 Dance New Airの記者会見で東京へ行く。
行くついでに会場下見と打ち合わせ、リハ、全てをこなす。ついでに衣装の生地を買うのと、おそらく今回ダンスハ体育ナリをつくり直す上でみといた方がいいだろう映画を見て、盛りだくさん。おかげでおおよそのプランが固まりました。

そもそもこういう記者会見などに出るのはもうないだろう感じですが、貴重な経験をしました。いくよちゃんと話すのも久しぶり。終わってご飯を食べつつ色々話したり。こういう機会でもないとなかなか会えないからねえと。なんだか懐かしいみなさんにお会いできました。
昔から知っているスパイラルもまさか8、9階にあんな隠れ家スペースがあろうとは(前は社長さんのプライベートサロンだったそうです)面白い。会場のドイツ文化センターさんもせっかくだからとあちこち倉庫や裏導線やらいろいろ探検させていただき、やっぱり外も使えないかなとか新たなアイデアが広がっていく始末。(そんなわけでやっぱりバスガイドプランはあるようです)隣の草月会館さんのスペースをお借りして(ラウンジのように豪華なフリースペースがある)打ち合わせをしながらちょっと使えるおもしろい場所を開拓していくの改めて面白いなと思ったり。

いろいろ開拓していきます。

ステージナタリーさんに取り上げていただきました。
https://natalie.mu/stage/news/290729

DNAウェブサイトオープンしています。
http://dancenewair.tokyo/2018/

 一応ちゃんと話しています。多分。大丈夫だったと思う。。。
 学校の先生なのに人前で話すの苦手なのです。
前日の打ち合わせ@草月会館。
溝端さん(Dance Archive project)がうーんと唸っている様子。私の目が座ってる。。。
今回溝端さんはいないため写真を撮ってくれた樫村さんが助けてくれています。心強い。



別件ですが村田真さんが建国体操について書いていてくれていました。
http://artscape.jp/report/review/10146309_1735.html
いろんなところでいろんなジャンルの人がコメントをしてくれていて、それはちょっと嬉しいです。また勉強して10月臨みます。

今後の予定( 2018.07.12)

今後の予定
鳥取夏至祭無事終了しました。来年もきっと夏至の時期に。レポートは追って公開します。幸せな時間をありがとうございました。
第1弾のレポートはこちらより。
https://tottori-geshisai.jimdo.com/鳥取夏至祭2018ホーム/report2018/

tottoの記事で取り上げてくださいました。
http://totto-ri.net/report_tottorigeshisai2018/
http://totto-ri.net/tottorigeshisai2018/


◎わらべ館即興音楽とダンスのワークショップシリーズ
夏至祭の時に踊るの楽しーと思った鳥取の皆さんに即興の面白さを定着させるべく2ヶ月に1度の即興音楽とダンスのワークショップシリーズを開始します。(助成:文化庁大学を活用した文化芸術推進事業)
夏至祭メンバーだった皆さんにもお越し頂き即興ワークショップを遊びつつ幅を広げていけるといいのではないかと。日程は以下の通り。
次回7月は京都在住ガムラン・パーカッション奏者やぶくみこさんの回になります。
7月22日(日)午前
9月30日(日)午前
11月18日(日)
1月26日(土)
3月10日(日)

この事業は鳥取大学芸術文化センターのアートマネジメント人材育成事業の一環でもあります。こちらの講座も企画中。多角的にアートマネジメントの視点を学びたい人を募集中です。正しくは私が学ばないといけないんですけれども。HP、正式なチラシは作成中。このチラシは同僚の筒井さん作成。さすが。

7月19日が第1回目の説明会で講座の一回目を兼ねています。19時よりHospitaleさん。お待ちしています。





◎死者の書再読
お隣兵庫県にある城崎アートセンターで滞在制作を行います。9月15、16日には試演会も行う予定。鳥取県内では12月末を予定しています。情報公開になりました。

http://kiac.jp/jp/post/4448

鳥取を拠点に活動するダンサー/振付家の木野彩子による折口信夫「死者の書」再読プロジェクトの滞在制作。
折口信夫の口述文学の傑作小説「死者の書」における、2つの世界が交錯していく構造や、多用されるオノマトペをもとに各シーンの動きをつくり、折口の心の中の物語として再構成し、ダンス作品を創作する。2つの世界を象徴する存在として音楽家のやぶくみこ(ガムラン、パーカッション)、杵屋三七郎(江戸長唄、三味線)が参加し、この世とあの世、男性性と女性性が重なる瞬間を模索する。また、照明家の三浦あさ子との共同作業により、この世ではない世界の見せ方を探究する。滞在中、市民を招いたオープンスタジオで成果を発表する予定。滞在制作後は、鳥取県内での上演を計画している。



折口さん密かに明治神宮外苑は単なる公園運動施設ではなく、本質的に神宮の崇敬と深い関係を有するもので、宗教施設に他ならない」という主張をする助言を行っていたらしい。(明治神宮外苑70年誌)さすが国学院大学教授。(ちなみに国学院大学結構近くにあるのですが、そこの博物館には折口さんの書斎が再現されていたりします。)まさかのようですがこの2つのクリエーション全然毛色が違うのに実はつながっていて、ここのところずっとこの時代の本しか読んでいません。


◎「ダンスハ體育ナリ?」またやります!10月6、7日@ドイツ文化センター
実は大野一雄編(其の1)でという話が動いていたのですが、現在どのようにまとめようか、まとめないのか色々模索中。5月12日見に来た人には仮チラシお渡ししました。本気です。ダンサーで先生という木野経歴ならではのレクチャーパフォーマンス、いそうでいないと様々な方に言われています。おだてられたからではないですが、これはこれでもう少し掘ってみましょう。
DNAは青山ビエンナーレ、トリエンナーレの後継事業。青山円形劇場に育てられたと言っても過言ではない私としては久々に故郷帰りです。
なんと記者会見もあるらしい(?)(私の記憶では2010年の木野のかめりあ・森下真紀・まことクラヴの超おふざけ記者会見以来の事)

http://dancenewair.tokyo
ウェブサイトに紹介も載っています。

ステージナタリーさんが取り上げてくれています。
https://natalie.mu/stage/news/290729




◎鳥取銀河鉄道祭2019年11月に開催します。それに向けてのリサーチ・ワークショップ活動がスタートします。取り急ぎフェイスブックでページを作りました。ウェブサイトも制作予定。少々お待ちください。
https://www.facebook.com/Gingatetsudou.Tottori/

◎Amanogawaプロジェクト鳥取2018年11月の予定でしたが2019年1月になりそうな感じです。準備が色々間に合っておらず、でもこれはちゃんと続けたい企画です。

2018年7月7日土曜日

しずかにすごす

特別警報が出ていた鳥取市ですが、とりあえず私の周りは大丈夫そうで、どうも地域差が激しいらしい。もともと雨量の多い智頭などは結構深刻な被害が出そう。
あと大きいのは交通機関がすべて止まっているところ。車は動けるにしても、JRや高速バスなど大幅にストップ。見に行くはずの公演もキャンセルせざるをえない。
自然災害に対しては人はなす術を持たない。人間のできることはただ祈るくらいなもので、粛々と時を待つのみ。
夏至祭の3日目の晴れ方はちょっと異常だったので、もしかしたらバランスが崩れてしまったのかもと思う。陰と陽は常に等しく、どちらかを偏るように願ったり、祈ったりしては良くないということを思う。
これ以上に被害が出ないようにしずかに過ごす。


夏至祭のあとの疲れのせいか、この低気圧のせいか動けなくなってしまう。
もともと昨年もこの時期意識が飛んでしまい、危うかったけれど、(だから夏至祭を作ったんだけれど)貧血のような症状が出て、立ち上がれなくなり、動こうとしても指ひとつ動かすのにあくびのようなものが出て、そしてまた沈み込んでしまう有様。そしてしばらく時間が経過していて、またゆっくり動き、動こうとして崩れちゃう。

どこかにお散歩に行ってしまうのか、からだもぬけの殻。
死者の書的にはわかるけれど、これ、見せれるものでもないし、再現性低そう。

その逆にからだ先に行き心ここに在らずが3週間くらい前に。かみさまがよんでるのかな。

ゆっくり待ちましょう。みみをすまして。


2018年6月30日土曜日

鳥取夏至祭の考え方

東京芸術祭の記者会見があり、宮城さんがオリンピックについて触れている。
東京芸術祭はニヤカムさん作品が2つ並んでいて(ANGELSの改訂版ととアダルト版タカセの夢(ユメミルチカラ))またFT(もともとアルテリオ時代にお世話になっていたANJの皆さん)も合体したりと盛大なお祭りになることが間違いなく、ある意味オリンピック文化事業の目玉でもある。宮城さんのお話は結構好きで、父のように様々な側面で影響を受けているけれども、それを受けて少し書くことにします。

私は鳥取にいてコツコツと作品を作っているわけだけれど、ここのところダンスハ体育ナリ?の関係で幻の東京オリンピック、およびベルリンオリンピックを調べていて、(そもそもこのシリーズを作ることになったのは体育学の修士をとるべくいろんなオリンピックやスポーツ事業の視点を学んだことが大きい)、私の学生たちには公的資金を得る方法ではなく、公的資金に頼らなくても自分の力で場を作り、やってしまう行動力を身につけてもらいたいと感じている。日本もドイツも芸術が政治に利用され、またそこにおもねなければ生きていけなかったと語られる。表現者として生きることは何らかの哲学を持ちそれを表明し続ける必要がある。だから自活しつつ、時には支えてもらいつつ、でもいざとなった時に自分の意思を押し通すことができるような状態が望ましい。
イギリスのコミュニティダンスはもちろん素晴らしいコラボレーションもあったけれど、お仕事としてこなしているような場もあり、先日もそれを目の当たりにし、経済活動と結びつけることの難しさを感じ、ある種の歪みのようなものを感じてしまった。

私は鳥取でソロ作品を作るダンサーとしては多様性を表現できないため、鳥取夏至祭では様々な人に来てもらうことにし、様々な生き方に触れてもらうことにした。私にとっても学生にとっても踊れる場所やシチュエーションを開拓し、場合によっては照明などの技術も学び、自分たちがやりたいことをやってみるそのような実践の場である。
プチパトロンシステムはその一つのボタンの受け渡しを通じて、観客とパフォーマーをつなぎ、コミュニケーションを生み出すためのものである。その小さなボタンが特別な意味をなすようになる。使わないでとっておこうというダンサーさんの声にそれは現れていて、本来お金をもらうということはそういうやりとりだったと思う。
経済活動としては小さいが、そういう小さなやりとりから物事はつながっていくものではないか。
私は作品はもっと大切にされるべきだと考えていて、夏至祭ではアーティスト同士のネットワークの構築にフォーカスを当て、即興に限定することにしている。体一つで遊びに来る場。お互いの出会いと町のとの出会い、そしてそこで得たものを地域の皆さん(特に子供達)へと還元していく。次の世代への種まき。なのでこの3日間は実はわらべ館のワークショップにすべて集約されている。(この認識は今年特に強く感じていて、この内容については後日記載します。それくらい重要な試みだったと思っています)
この3日間はアーティストも学生ももう一度表現の原点に立ち返るための会であり、巨大なワークショップなのではないかと私自身は捉えました。


若いアーティストが生き延びていけるインフラを作っていくことは確かに大事だけれど(だからお父さんには頑張ってもらいたいんだけれども)、この鳥取で、この鳥取から発信するような学生たちは大都市部とは異なるこの辺縁から、自分たちの持っているものから、作り出す人になってほしい。そんなことを思っています。それが今の私にできることかなと。
自分の道を自分で切り開く、それが『空は翼によってはかられる』ということなのだろうと私は思っています。


鳥取夏至祭の写真が少し届いたので、簡単なレポートを作りました。全貌はまた後日!
https://tottori-geshisai.jimdo.com/鳥取夏至祭2018ホーム/report2018/