2017年12月18日月曜日

教大協@宇都宮

日本教育大学協会全国保健体育・保健部門舞踊研究大会@宇都宮に行ってきました。元気の良すぎるダンス部さんにつれられて(学生的には合宿で都会に遊びにいくぜモードな予感がする)昨年から参加しています。
元々は国立大学の教員養成系の勉強会だったところもありますが(なので前任の先生から引き継ぎましたが、実は鳥取は教育学部ではなくなってます)、最近は私学の先生方の参加も増えているのだそうです。
今大会は高橋和子先生(横国)と原田奈名子先生(京女)の退官講演もあり、「舞踊教育の未来に向けて」と題されたシンポジウムも開催されました。2人は大学同期その時の指導教官川口千代先生もお越しになるという。
実はそのシンポジウムの前に「「ダンスハ體育ナリ?ー体育教師としての大野一雄を通して」クリエーションの経緯と芸術としてのダンス教育の可能性について」というタイトルで研究発表をさせていただきました。ある意味、この保健体育研究会に喧嘩売っています。?は元々の作品にはついていないですし。
でも、高橋先生は大野一雄さんについて論文にまとめてくださっていて、その中にある一文がこの作品のきっかけになっています。
「ダンスを教えることは難しかった」
そこから私は、彼が考えているダンスと学校で行われているダンスの差異、ズレがあるのではないかとさらに体育にあるからこそ多くの子どもたちに、そして大野さんにダンスを広めることができた、その一方で彼の信仰心や亡き人への思いの部分が溢れるダンスはその枠組みの中では教えられず、クリスマスのページェントとして現れたのではないかと考えました。
高橋先生は体育の中にあったからこその部分を大きく扱っていました。
大野さんは既に世におらず、実際どんなことを思っていたのかはわかりません。
ただ今回のお話を受けて、すごく思ったのは、大学教員と現場教員の感覚のズレです。
教育指導要領を見ると決まった踊りを習得することや技の習得は目指されていません。いかに自由に身体を解放していくか、コミュニケーションが取れる身体にしていくかにかなりフォーカスを当てているけれども、見せる段階で”うまく作る”ことや”見栄の良さ”にとらわれて、あるいはメディアなどの影響を受けた子供達の声に煽られて、とりあえず振り付け覚えさせて踊っとけ型指導がある事実。
指導要領よんで!という言葉はよくわかる。
一方でダンスに触らないまま教員になる多くのアスリート(国体要因なども合わせ、競技色は強いと私は思います。)の困惑もわかる気がします。
この研究会やワークショップちゃんと外に開いてやらなきゃいけないのではないか?もはや学校だけではなく、いろんな人の声を取り入れるべく外へ広くか、なくすかしなきゃいけない過渡期なのではないかと感じました。
また、アーティスト派遣事業があるべき意味というのも論じなければいけません。限界芸術論の時に書いたのですが、多分今は私の考えている段階の前なのだと思う。教員が教師という立場から自由になるためにファシリテーターが必要であるという事実。それでも教員(上から見る立場)でいたい人もいますが、子供と同じ目線で立てれば楽になることもたくさんある。ずっと子供と一緒の目線でいることができなくとも、(時には叱ることも必要です)ファシリテーターのいる時間は特別として一緒にただただ遊ぶ時間を持つことができる、それだけでもたくさんの発見があるはず。

私は研究発表に上げたように体育にあるからこそダンスは全ての子どもたちが触れるようになったと思っていますが、体育だけではなく、他の芸術分野とも連合しながら身体表現とか表現系みたいな授業ができたら楽しいんじゃないかと勝手に思っています。歌も踊りも演技も美術も全ては同じところからはじまっている。さらに言えば舞台芸術とは限らなかったはず。

いろんなものを混ぜながら新しいものを作る力が生まれていけばそれでいい。でもきっとそのコアの部分には自分のカラダがついてくる。
そんなことを思いました。

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