第3回 森重靖宗さん(チェロ、写真)
森重さんはユーグと仲良しということもあり、まえからよく知っていて、しかもよく聞いている(みている)のに、ちゃんと二人で話すということはあまりなく、謎の人だったので、今回お招きしてみました。寡黙な(福地さん曰くストイックな)イメージのある森重さんの別の一面をみることができました。
実は今回会のはじまるまえに少し早めにきてもらっていろいろお話をしていました。ちょっと反省です。
高校時代は普通にバンドやっててギターとか弾いていた話し(なんとそのせいか、灰野さんバンドでベースをやるのだそうだ)や、チェロはすべて独学でマスターしたそうで、工夫の日々という話し、練習曲としてバッハ無伴奏チェロを弾いていること(ちなみにこの日も2人で没頭してしまい、それで開場が遅れました。)など演奏のこともさることながら、写真のことが個人的には興味深かったです。
写真はあくまで、ちょっととってみたレベルのもので、自分は写真家だとは思っていない。しかし写真のなかで日常の普段通り過ぎてしまうようなことに気づく、気づかせるというのが好きで、少しずつ撮っているそう。
写真それ自体というよりもそれから選んで並べたり、並べ替えたりする作業が作品だと思うという話しは音楽等にも同じことがいえる。また、それを選んで並べるからには何かの差があるからでその差を言語化していく感じなんですとのこと。
音楽もダンスも感覚的なので、言語化するのが非常に難しい。
でもAじゃなくてBというからにはBにしようと思う理由(つまりAとBの差)がある。そこに気がついていく作業という感じでしょうか。
あとは次回のゲスト杵屋さんがきてくださっていて、型の話しでちょっといいことを言っていました。型によって皆のレベルがアップし、確かに上手くなる。しかしそれによってそれを超えることはできなくなってしまう。
芸道の多くは見て盗めと言います。
私の師牧野京子はかつてはともかく少なくとも私に関しては放任主義でそのまま放っておかれました。教わってできるようになるようなものはそのレベルでしかないし、それを超えるための方法論が盗むこと。誤解を生じることがあったとしても、それが新しい何かを見つけ出すきっかけになるかもしれない。言語化をさけることで可能性が広がるのかもと最近になって思います。
どんな動きも、演奏も、すべて模索のくりかえし。
あ、森重さんの写真集を買ってかえろうと思ったのにわすれた。。。
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