ふじのくにせかい演劇祭が無事終了しました。
今年タカセチームは出演していないのですが、勉強のためできる限り見に行くようにしていて(リハーサル室が劇場の真上で上演中は練習ができないという事情もある。奈落の逆ですね)私も付き添いつつ様々な舞台をみました。
今年の演目は政治色が強いものも多く含まれていて、特に最終日のHate radioはルワンダの虐殺(1994年)を題材としており、かなりヘビーなものでした。
演劇を数多く見ていて
世界を演じるということによって様々なものの見方を提示できるのだということを感じました。例えばHate Radioでいえばフツ族、ツチ族それぞれの視点、国際連合のような外の存在、それぞれのものの見方があり、最終的にどれが正しいと私たちはいえるのか?という投げかけを私は感じました。
それを表現するために演劇では役を演じるという方法を用います。
ダンスの場合ストーリーがあり、テーマ性がはっきりしているタカセの夢のような作品もありますが、多くはあくまで自分のお話のような気がします。
少なくとも自分のお話に見えるのです。
私は役を演じる感覚がよくわからなくて、大混戦になってしまうのでダンスへと動いていったのかもしれないなと多くの舞台をみて思います。
私はあくまで私の話しをしている。
私の話しは個人の話しだけれど、どんな人へも通じる話しへと削ぎ落していく。
ダンスを踊る人は多くいるけれど、そういう作品の作り方をしている人はあまり多くない。そんなことを感じます。
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