昨年上演した「からたち」を再演しようと計画を立て、巣鴨教会の牧師渡辺さんと少しずつお話しする。かれこれ1年、ちょっとずつ関わりながら、わかるところとわからないところと。今でもキリスト教的考え方に違和を覚えることは多い。
渡辺さんは大きな度量で素朴な疑問に答えつつ、自由にお使いくださいといってくださる。ありがたい限り。しかしお言葉に甘えずもう少しちゃんと勉強します。
昨年もう一つ上演した「しづ」もできればフルレングスの作品にもっていきたいと企み、場所などを探している。こちらは静御前の舞なので白拍子舞がベース。鶴岡八幡宮で行われているものが有名。つまり神道系。
日本人、こういうときは都合良く使い分ける。
が、どうしても感じてしまうキリスト教に対する違和感、仏教に対する疑問、神道と仏教のごちゃまぜをなんとかしたいと思い、本をよんでいるところです。
日本人は無宗教ではなく、様々な宗教を受け入れようとしただけのこと。
この宗教!と決めることではなく、それぞれのよきところを学んでいきたい。
札幌に帰ったときに改めてアイヌ関連本をいくつか入手したが、私はどこかで八百万の神の意識がある。自然とともに感謝して生きる。そんな原風景がキリスト教などの教義をよんだときに違和感を感じさせてしまうのかもしれない。
私たちはどこからきてどこへいくのか
私が問いたいことは宗教に似ている。
ダンスはそもそも神への祈祷からスタートしたとも考えられ、巫女舞など神格化していくものも多い。この不安定な世の中でダンスがはやる現状、どこかで宗教を求める現代人の心理の現れなのかもしれないと思う。
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