大学時代の後輩で、とてもいいダンサーでもあるあしみねなおちゃんがでていることもあり、シアタートラムにいってきました。
結構昔から、金魚はみていますが、はじめてユキオさんのソロの冒頭のところがおもしろいと思いました。今までのがおもしろくなかったというわけではなく、ユキオさんという身体がおもしろかったという意味です。
おそらくとても賢い人で、作品の構成などもしっかりしているのですが、舞踏出身ということもあり身体にこだわってきたことは知っています。そして身体の質感にこだわりがあるのも知っています。それがちゃんとみえた冒頭部分。
でもなぜ照明にはしってしまったのでしょう。
私は長いこと照明効果とともに作品をつくっています。
ラッセルさんの影響はかなりありますが、実はその前から、既に片鱗は見えていました。
暗闇で踊ったり、電球振り回したり、ろうそくつけてみたり、プレイスプライズのときにも「照明が動くんです」と説得しきったくらいです。ジャッキーやあさ子さんといった照明さんも巻き込んで、ああでもないこうでもないと照明実験すること数多く。
ただ、身体にこだわるのであれば、照明はできるだけシンプルにしたほうが、身体の変化/違いがみえてくると思っています。
逆に照明にこだわるからこそ、ラッセルワークでは身体の無個性化、抽象化が必要だったしそれをしてきたのだと思っています。
私は元々あまり個性がある方ではないし、このようなトレーニングを積んで、よりいっそう”味”のようなものが減ってきてしまったと感じています。だからこそ、自分の身体を超えるために様々な人(トレーニングしたダンサーではない)に協力していただいたり、構成をきちんと構築しようとします。
なのでとてもうらやましい。
なのになぜ照明などに向かったのか。
私がなぜ自分の踊りを信用していないか、自分の踊りがあまり好きになれないのか、
それが一気に見えたような気がしました。
別にユキオさんたちはそんなことを考えてつくったわけではないのですが、でもちょっと救われました。ありがとうございました。
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