2018年12月30日日曜日

死者の書 再読 プログラムノーツ

死者の書再読プログラムノーツ
はじめに、シーン展開のことばは試演会(城崎公演2018.9.15)と同じです。ここに折口を知るためのキーワードを木野がまとめた資料が添付されています。


はじめに
『死者の書』は民俗学者であり国文学者、かつ詩人でもある折口信夫(おりぐちしのぶ)が遺した小説です。タイトルからおどろおどろしいイメージを想起してしまいますが、当麻寺に残る曼荼羅を織り上げたという中将姫の伝説が元になっているファンタジーなお話です。
 時空を超えて心惹かれる男女の恋物語とも受け取ることもできます。
 民俗学者としての知見を取り込んで、史実(及び伝説)を踏まえていますが、彼自身の恋心を込めつつえがかれており、最終的に小説という形で仕上げています。
 近代以降、私たちは目で見えることばかりが全てだと思うようになっています。でもはるか昔から私たちの祖先は、死してのちの世界や霊の存在を信じ、様々な宗教や哲学という形でその智慧を磨いて来ました。死を思うこと、それらは私たちの生活を豊かにし、まただからこそ今、生きている時を大切にしようと思えるようになります。
 芸能の歴史はこの見えない世界をいかに現出するかということに力を注いで来ました。たとえば世阿弥は複式夢幻能という手法を編み出し、あの世から訪れる霊を後シテという形で生み出しました。クラシックバレエでもジゼルやラ・シルフィードを思い浮かべればわかるように妖精や精霊が登場して来ます。民俗芸能でもその多くは求愛や祈りに起因するものですが、鬼などの形でこの世のものではない異形のものが現れます。
 楽しい、面白いということを超えて、今の時代だからこそ必要な“もうひとつの世界”を折口さんの言葉から読み解いてみようと考えました。小説は結構難解です。映画のコラージュのように何層にもレイヤーが張り巡らされており、しかも編集されている。でもその言葉の迷路を踊りと音楽の力で超えられないか。この張り巡らされた迷路は折口さん自身の心を隠そうとする防御とも見え、それを一枚ずつはがしてみます。
 このお話は2つの世界が重ね合わせられていますが、その理解のためには私自身がその両方の立場を演じてみる必要を感じました。男性性と女性性。全く異なる世界を持つ音楽家2人に協力をお願いし、この2つの時空を超えた世界が出会う瞬間を作り出そうしています。
 おそらく最後にあらわれる純粋な心が今の世の中に必要なものなのではないか、そんなことを私は思います。相手の幸せを願い、どうにもならず走り出してしまう郎女はきっと折口自身であったのだろうと。(本人も中将姫になって書いたとエッセイに書いています。)そしてそういう想いによってしかこの世の中は動いていかないのだろうとも。
 この作品を見て原作を読んでみたくなったら嬉しく思います。折口さんの言葉の持つ力をぜひ直に体験して見てください。

なお、本公演ではすでに死した人である滋賀津彦(大津皇子がモデルとされる)の世界を舞台の左手に、今生きている藤原南家郎女の世界を舞台の右手に設定しています。滋賀津彦の言葉を杵屋三七郎さんに、郎女の言葉をやぶくみこさんにうたっていただいています。


シーン1滋賀津彦の世界
うた:杵屋三七郎、おどり:きのさいこ
 ひさかたの 天二上に、我が登り 見れば、とぶとりの明日香 ふる里の 神無備山隠りかむなびごもり、家どころさはに見え、ゆたにし 屋庭やにはは見ゆ。弥彼方いやをちに見ゆる家群 藤原朝臣あそが宿。
 遠々に 我が見るものを、たかだかに我が待つものを、処女子をとめごは 出で通ぬものか。よき耳を聞かさぬものか。青馬の耳面刀自みみものとじ。刀自もがも。女弟もがも。その子のはらからの子の処女子の 一人 一人だに、我が配偶に来ね。
 ひさかたの 天二上 二上の陽面に、生ひををり 繁み咲く 馬酔木の にほへる子を 我が 捉り兼ねて、馬酔木の あしずりしつつ、吾はもよ偲ぶ。藤原処女
死者の書4節に出てくる詩。当麻の語り部の姥が神懸りして語る。

シーン2郎女の世界
うた:やぶくみこ、おどり:きのさいこ
春のことぶれ
歳深き山のかそけさ。人をりて、まれにもの言ふ 声きこえつつ
年暮れて 山あたたかし。をちこちに、山 さくらばな 白くゆれつつ
しみじみとぬくみを覚ゆ。山の窪。あけ近く さえしづまれる 月の空かさなりて 四方の枯山 眠りたり。
目の下にたたなはる山 みな低し 天つさ夜風 響きつつ 過ぐ
せど山へ けはひ 過ぎ行く 人のおと 湯屋も 外面も あかるき月夜
折口信夫が昭和5年に刊行した第二歌集『春のことぶれ』にあった表題詩から一部抜粋。(釈迢空全歌集より)

シーン3郎女の失踪
演奏:やぶくみこ、杵屋三七郎、おどり:きのさいこ

シーン4忍び寄る滋賀津彦の影
こえ:杵屋三七郎

シーン5白玉から郎女の2度目の失踪
演奏:やぶくみこ、杵屋三七郎、おどり:きのさいこ

シーン6機織り
演奏:やぶくみこ、おどり:きのさいこ、鳥:杵屋三七郎

シーン7曼荼羅を描くということ
演奏:杵屋三七郎、やぶくみこ、おどり:きのさいこ

出演者プロフィール
木野彩子
 札幌生まれ。幼少よりモダンダンスを始め、ソロを中心に自らの身体と向かい合い続ける。”Edge”でYokohama solo duo competition2003財団賞を受賞。2004年文化庁在外派遣研修員、2005年よりRussell Maliphant Companyのダンサーとして活動。 帰国後はセルフドキュメンタリーの手法を用いリサーチに基づくダンス作品を制作している。代表作に“静” 、“からたちから”、”Mobius”“ダンスハ體育ナリ”など。2016年より鳥取大学地域学部附属芸術文化センター講師。2017年即興音楽とダンスを鳥取のまちなかで展開する鳥取夏至祭を開始。https://saikokino.jimdo.com

やぶくみこ
 音楽家/作曲家。1982年岸和田生まれ。京都在住。英国ヨーク大学大学院修了(コミュニティーミュージック)。ジャワガムランや様々な楽器を用いて、楽器の本来持つ響きや音色、演奏する空間を生かした作品を提示するほか、舞台芸術の音楽も手がける。京都にて即興から音楽を作るガムラングループスカルグンディスを主宰。「待つ、ひらく、尊重する」をヒントに新たな共同作曲の可能性を模索する。淡路島にて野村誠と『瓦の音楽』を2014年より監修。2018年はマルセイユの国立演劇学校にて講師、城崎国際アートセンターにて即興と作曲のワークショップを定期開催。https://www.kumikoyabu.com/

杵屋三七郎
 日本伝統音楽 長唄 唄方
 三代目杵屋三左衛門に師事する。京都妙心寺大法院閑栖 松岡宗訓 調に入門し、茶道、花などを学ぶ。東京芸術大学音楽学部卒。国内外で様々なジャンルのアーティストとの作品参加も多く、その歌声は高く評価されている。日本の伝統芸術や音楽を尊重し、現代に生きる古典という三七郎独自の世界を生んでいる。

Special thanks
本公演は城崎国際アートセンター(KIAC)における滞在制作、試演会を行ったのち約3ヶ月の熟成期間をあけて鳥取で開催することになりました。11月には県立図書館で読書会を開催し、nashinokiさん(tottoのライター)のナビゲートでより深く折口について知ることができました。この時の資料の一部及びチラシの原画となった小川敦生さんのドローイングはロビーに展示をしています。書籍のほとんどは鳥取県立図書館で借りることができますので、これを機に折口の世界に触れていただければと思います。ご協力いただきました関係者の皆様方に感謝申し上げます。




死者の書再読 試演会
日時:201891519時・1615
場所:城崎国際アートセンター ホール
構成:木野彩子
出演:杵屋三七郎(江戸長唄、三味線)、
やぶくみこ(ガムラン、パーカッション、うた)、
きのさいこ(おどり)
舞台監督:北方こだち
照明デザイン、オペレーション:三浦あさ子
音響:小林勇陽(プラッツ)
照明・舞台アシスタント:友松美香(プラッツ)、田中哲哉
制作:橋本麻希(城崎国際アートセンター)
主催:城崎国際アートセンター(KIAC


死者の書再読 鳥取公演
日時:2018122719時半・2815
場所:とりぎん文化会館小ホール 
構成:木野彩子
出演:杵屋三七郎(江戸長唄、三味線)、
やぶくみこ(ガムラン、パーカッション、うた)、
きのさいこ(おどり)
舞台監督:北方こだち
照明デザイン、オペレーション:三浦あさ子
音響:小林勇陽(プラッツ)
照明・舞台サポート:田中哲哉、藤森このみ、オハラ企画
制作協力:鳥取大学アートマネジメント人材育成事業受講生(高橋智美、高橋礼奈)
鳥取大学地域学部国際地域文化センター学生有志・鳥取大学体育会系ダンス部
チラシドローイング:小川敦生
チラシデザイン:小木央理
写真:田中良子
映像:里田晴穂
主催:鳥取大学地域学部附属芸術文化センター、キノコノキカク
機材協力:城崎国際アートセンター
助成:文化庁(平成30年度 大学における文化芸術推進事業

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