2018年12月30日日曜日

折口を知るキーワードより6,機織り、そしてこいねがうこと

機織り、そしてこいねがうこと
 古事記で天照大神が機織りを行うように古来から機織りは女性の仕事として扱われてきた。七夕や、羽衣、夕鶴など機織りが象徴的に現れる民話、伝説は少なくない。死者の書の本文中にも女鳥王と隼別皇子(速総別王として古事記などには記載される)の名が出てくるように一般的だった。死者の書の元となったのは當麻寺に伝わる中将姫の伝説であり、わずか1日で4M四方もの巨大な曼荼羅を織り上げたとされている。(なお、奈良国立博物館で開催された『糸のみほとけ』展(2018)によれば現在の技術で20cm四方程度の當麻寺曼荼羅の復元を制作するのに40日が費やされており、その奇跡ぶりがよく分かる。)
 織物あるいは刺繍などの細かな手仕事は女性たちの心を落ち着かせる作用も果たしていたのだろう。南北朝、室町時代になると髪を編み込みながら念を込める髪繍と呼ばれる技法が生まれるなど、呪術としての要素もあったのだろうと推測される。
 女性性と男性性を有していた折口は「こう」というオノマトペに着目する。「来う」「乞う」という希求する気持ちがそこに現れており、「こいねがうこと」が「恋」であると触れている。叶わぬことのない自身の思いを作品に込めようと数多くの唄や小説を書こうとした折口。残念なことにその小説のほとんどは未完に終わっている。死者の書も続編を書こうと試みていたが断念する結果となっている。「中将姫になって書いた」(『山越しの阿弥陀の画印』)という折口は常に自分を重ね合わせており、それゆえ完成が難しくなってしまったともいえよう。『初稿死者の書』(安藤礼二編)によれば冒頭より郎女のシーンとなっており、よりシンプルな構成になっている。原稿の改定を重ねるごとに複雑にそして自分の想いを隠そうとした。
 「こいねがう」を現代のパソコンで変換すると「希う」と出る。自らの希望を託していたが、それを表に出すことがためらわれたのであろう。その繊細さ。今回折口の世界を体現するにあたり、自身の折口化を試みた。作品は3つ(滋賀津彦、郎女、大伴家持)の全く異なる時空の世界を行き来しており、難解であるが、状況説明にようになっている家持シーンを除いて、全てを折口が作り出したと捉えるとわかりやすくなる。この作品に取り掛かりながら折口を追体験してみることにした。走り出さざるをえない郎女の心情を実際に体感していくことが度々起こり(私たちの中では郎女ダッシュと呼ばれる現象)、夜眠れない状態が続くようになり、突然のように文章があらわれでるようになった。薬物は使用していないが(折口はコカインを常習していたことでも知られる)お酒を飲むほど覚醒していく状態を体感し、また、折口のたどった足跡を追うという作業を行った。
 どんな人間にももう一人の自分という存在がある。そしてそれは『月に立つクローン』(1998)をはじめとして私自身が長く作り続けてきた作品テーマでもあったため、2つの役を一人で演じるという形で上演することを試みた。折口の思念を借りて2つの世界を最終的につなぎ、円環を閉じるという彼の希望を果たすことができれば良いと考え、結末へと向かうことにしている。

本作品はこれまで木野が制作してきた作品のエッセンスをまとめたものになっている。
 シーン1滋賀津彦の世界、シーン2郎女の世界
『しづ』『静(黒白)』(20102013)冒頭(もともと死者の書の言葉をもとに振り付けていた)

シーン3郎女の失踪 シーン4忍び寄る滋賀津彦の影
IchI(2008-2009)

シーン5白玉(魂)
ovo(2007) 
鳥(魂をはこぶ存在)
『みみをすます』(2017

シーン6機織り
UZUME(2018)

シーン7曼荼羅を描くということ
『筒井筒』(2012)『Edge(20032010)Mobius(2016)
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