驚くべきことにこのタイミングで天皇沖縄訪問でした。
ちょうどその時私はガンガラーの谷からバスで那覇に行こうとしていたところ、同じ時間に南へ回る便があって平和記念公園とひめゆりの塔にいけるかもと思い脱線。ニアミスです。
ひめゆりの塔の資料館は非常に立派で、多くの人が訪れていました。説明のできる経験者ガイドがいなくなっていくことも踏まえ、読めばわかるように展示もリニュアールしているとのこと。また、英語などの表記もされています。
米軍が怖いと思って出られなかったこと、自害する人、怪我をした友人を洞窟内に置いて逃げたことなどそれぞれの人が当時のことを語っている映像もあり、70年が経過した今も彼女たちの中で非常に強く残っている、なくなることはないということがわかります。
ただこのひめゆり関連ではなんとなく無垢な女学生たちが戦争に巻き込まれて大変な目にあったことや米軍の沖縄攻撃の凄まじさにフォーカスが向かってしまうのですが、戦況を彼女たちもまた教員も知らなかったこと(おそらく軍のかなり上の方まで)、既に敗北として投降すべきところそれを認めさせないような教育が行われてきたこと、そしておそらくもっと早い段階で終結することができたものをしなかったことの3点を忘れてはいけないと思っています。教育は思想を誘導してしまうので(当時の教科書の展示などもある)本当に気をつけねばならず、私たちは(一応大学ではありますが)教育の現場に立つものとして気を配らねばならないと思っています。その情報は本当に正しいのだろうか、正しく見極めるために批判的にみる力を持つこと。
ちょうどその翌日の新聞には教科書検定の話が出ていました。
また、天皇がきているということで、新聞では提灯パレードがあったとか、高齢にもかかわらずきてくれて嬉しいと話す遺族会の方の話がありました。与那国では与那国馬を見せるのに受け答えの練習をしていたり、カジキマグロを一本見せるために専用ケースを作り、万全を期しております!と話す漁師さんの声がテレビで放映されていました(いわゆるローカルニュースです)。
でも沖縄の問題、やっぱりいろんな意味で後回しにされていませんか。皆諦めてしまっているくらい別の国の話になっていませんか。歓迎って言えない人まだまだたくさんいて、そういう部分実は新聞の社説とかにぽろっと出てくるんです。
時間が経てば忘れてしまう、そういうことではないのではないか。
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