2009年11月30日月曜日

アジア舞台芸術祭

アジア舞台芸術祭なるイベントが東京芸術劇場(@池袋)であったのでいってみた。本当はしりあいのひとがでているよという情報をもらったのだが、その会にはまにあわず、でも外でなんか少しやってるからみにおいでよといわれて、ちょこっとみにいくはずだったのだけれど、思いっきり巻き込まれてしまった。
簡単にいうと30代の比較的若い劇団/カンパニーのショーケースが池袋芸術劇場全体を使って行なわれていて、すべて無料でみせるというもの。作品も15分(屋外パフォーマンス、しかし本編は別に屋内で上演していて抜粋編)、30分(小ホール)40分(中ホール)と短くてそのかわりひたすら上演している。だから一回見に行くと5−6作品はぶっつづけでみれてしまうという恐ろしい企画。中ホールは1000人単位ではいる劇場で、これらの若手劇団が普段行なわないであろう規模の劇場。小劇場で普段やっているものが拡大するとどうなるのかということも含め面白いプログラムだったと思う。
なお、私が見た中で面白かったのは小野寺さんで、のり巻きとおにぎりだけでよくもそこまでもっていったものだと思う秀作でした。
ちなみにすべての公演が無料であるだけではなく、今回参加している劇団のDVDも無料でくばるというおそろしく太っ腹の企画。隣で見ていた明らかにアート系のわかいにいちゃんが「こんなパンフとかお金かけるんだったらおれにくれとかおもっちゃう」といってたのが妙に印象に残った。

おかげで本当はその日いく予定であったローザスをみそびれました。
彩の国埼玉劇場へ行く途中の池袋で断念してしまいました。

帰りにあった男友達に白菜の浅漬け(しかも手作りだそうだ)をもらう。どうも私がいつもちゃんとご飯を食べていないようなイメージがあるらしく、心配しているらしい。いつも思うことに、私の友人は男の子は皆料理がうまく、女の子は皆料理ができないというかあまりつくっているはなしをきかない。(例外はりんちゃんで、お稲荷さんをとても上手につくってくれた)しかし、わたしももう少しちゃんと料理できるようになりたいものだと思う。

2009年11月23日月曜日

佐世保について

佐世保にて。
町中をうろうろ歩きながら、えらい寒い中、朝市にもいって、天ぷら(長崎ではさつま揚げみたいなものを天ぷらという)を食べつつ。
打ち上げのときに皆若い人が多い(なお、観客は長崎から来た学生さんが多かった)といったけれど、そんなことはない。町中でであったのはおじいちゃん、おばあちゃんばかり。あさの9時前なのに異様におばあちゃんの集合しているところがあってみてみたら、なんだかというマッサージ機があるお店。みんなでおしゃべりしながらまっているのだそうだ。お店があくまで。寒いのに。
大きな商店街(1本道でその長さは日本一なのだそうだ)がある脇に、小さな商店街があってどのお店も一坪サイズ。そのお店の働いている人はみんな結構年齢がいっていて、ほそぼそと商いをしている様子。朝市も小さなお店が並んでいて、観光局の人にはみんな車で別のとこに買いにいっちゃうからねー、ここの朝市はいまひとつなんだわーといわれてしまったけれど、ちゃんとがんばっている人たちもいる。
たくさん町中にお年寄りを見た。確実に多いと思う。他の都市に比べても。

佐世保のワークショップに参加していた子から「作品を作りたいという気がしないんです」「どうしたらいいでしょうか」という質問を受けた。
それはそもそもなぜあなたは踊るのかという質問に似ている。
作りたいと思わないなんて、なんと幸せだろうか。
私なりに作るべきときがきたときに作ればいいんじゃない?と答えた気がする。
私の作品についていろいろ話し(私の場合は実生活とかなりリンクしているのでとてもわかりやすい)、踊ることで昇華(消化)しなければいけなかったいろんなことがあったことを思い出した。作らないですむということはそれだけいまが満たされているということだから、その今の生活を大切にしていけばいい。

今回の作品は私小説ダンスと水野さん(JCDN)に名付けられている。なんだかよくわからないけれど、いろんなことを思い出すのだそうだ。ポイントは私のを想像するのではなく、自身におこってきたいろんなことをそれぞれの人が思い出すということらしい。涙を流す人が多くいて、私自身も驚いている。お涙ちょうだいにならないよう気をつけているつもりだが、おこってしまったことは仕方ない。
たんたんと自分の道のりを説明しながら、私もいろんなことを思い出す。かならず眠れなくなり、たくさん泣いて、考えて、それがこの作品なのだと思う。踊る稽古はほとんどしていない。というか稽古は必要ない。むしろ稽古をしてはいけない作品。
10年くらい経って、またそのあとの分が付け足して発表できるのではないかと思って楽しみにしている。もしかしたら次は10年どころか30年後とかになるのかもしれない。そしたら文字通りグールドさんのゴールドベルグのようにめぐりめぐってこの曲に戻るということなのかもしれない。
得るものがあれば失うこともある。何かを失うことで作品は生まれる。花さき山のような話しだ。




ひさびさのお休みです

今日はひさびさのお休みです。
仕事を掛け持ちしているせいもあり、それぞれはちょっとずつ働いているので遊んで暮らしているように思われているけれど、そんなことないです。我ながら日本に帰ってきて驚くほど働いています。とはいえ、私の周囲の友人たちを思えばかなりのんびりしたものです。日本人は働き過ぎであるとつくづく思います。
お休みになるとまず昏睡し、祖母のもとへいくのがおきまりとなっています。昏睡というのがおかしいのですが通常昼までねむりこけます。そして帰ってきてまた眠ります。夕ご飯くらいになっておきてきて、メール等を処理し、ご飯を作り食べ、そして寝ます。本当によく寝ます。コーヒーを飲んでもそのまま眠りこけます。

しかし本日は祝日なものの、家の工事は8時から始まっているためそれもできず、こうしてドトールに避難してきました。(こことうち近所のスーパーの前はwifiが使える地域で、私とスカイプ通話をしている人は皆知っているおなじみの店です)
こういう日はひたすら何かを書き続けます。
それは作品のプランというときもあるし、こういうブログかもしれないし、劇場論(先日聞かれたのでそれにたいするお返事)だったりします。
今日の東京(神奈川)はよくはれています。
佐東利穂子さんをみにいこうかとおもっています。


2009年11月18日水曜日

横浜映像祭

帰ってきてすぐに、
(というか公演後とんでもなく飲んでしまい、3時ごろまで飲み明かしたあと思うところあって寝れなくなってしまい5時半過ぎまでおきていて、朝市に出かけてしまったような佐世保の一日があり、その後深夜に神奈川に帰りその次の日)
横浜の映像祭にいきました。
BankARTで働いている人は招待券をもらえるんですが、それを有効活用するべくいってきました。なお、20日までにいくとプラネタリウムがついていて、ちょっとすてきです。実際にねっころがってみれます。コメントというか言葉が多すぎなのが難点ですが、目に見えない星まで映すプラネタリウム、さすがです。
夜寝る時、私はひとりです。
夜寝る時、あなたはひとりです。
地球の夜は1つだけれど、人の数だけ夜がある。
とかそんな台詞があり、よいです。
私が興味深く思う作品はたまたまバンカート内に多くあり、(しかしメイン会場②なので、新港ぴあだけみて帰ってしまう人が多いようでちょっとかなしい)やっと現実にみることができました。ホーメイで知られている山川冬樹さんの作品がよかったです。今現在たくらんでいるきの作品のプランにつながるところがあり、うぐぐと思いながらみました。あとはアルフレッドジャーがさすがにうまかったです。

ただね、人が本当に少なくって本当に本当にかわいそうです。
働いている身だからよくわかります。ちょっときてやってくださいませ。

OVAのずるさん(出品者)が
「あ!たまにひとがきてると思って喜んだのに知り合い(つまり私)じゃん、、、」といっていたくらい少ないです。
珍しい映像とかもあるけれど「やっぱ、(所詮)映像だからねえ」(by ずるさん)といわれてしまうこの悲しさ。
今月末まで。

リミニプロトコルみたついでによっていくというのもおすすめです。はい。
以下リミニのおしらせ。

客席は大型トラックの荷台。
東京・横浜の港湾部に広がる物流拠点をめぐる観客移動型演劇!



Cargo Tokyo-Yokohama
 カーゴ トーキョー-ヨコハマ

(急な坂スタジオ国際交流レジデンス事業 http://kyunasaka.jp/


人々の記憶や想いを採集し、鋭くユーモラスなパフォーマンスに変換する
ドキュメンタリー演劇の新風、リミニ・プロトコル。今回のテーマは「物流」。
トラックの荷台を客席に、荷物目線で東京を出発し、横浜へ。

2006年に発表した野外パフォーマンスの傑作『Cargo Sofia-X』のコンセプトを
もとに、2か月にわたる横浜での滞在制作を経て、オリジナルバージョンを発表!
初めての場所、働く人々の声からいつもとは違う都市の姿が見える。

構成:シュテファン・ケーギ
演出:イェルク・カレンバウアー(リミニ・プロトコル)
出演:青木ミルトン登、関口操、畑中力、サブリナ・ヘルマイスターほか

<『Cargo Tokyo-Yokohama』について>
本公演はトラックを改造した専用車両に乗車していただく移動型の公演です。
通常の演劇公演とは実施要領が異なりますので、公演詳細と申込方法を充分
ご確認の上お申込みください。

<スケジュール>
公演期間 11月25日(水)~12月21日(月)1日1回公演 (乗車人数45名)
開演時間 全公演15:00開演  受付14:30~14:55  全23回公演 日曜日は休演
公演時間 約2時間
(当日の道路状況によって終演時間が遅れる場合がございます。)

<公演場所>
出発地点 クリスタルヨットクラブ 駐車場
(「天王洲アイル駅」 徒歩5分/「品川駅」からバスで10分)
到着地点 横浜市内・みなとみらい地区
(みなとみらい線「馬車道駅」徒歩10分、JR「桜木町駅」徒歩15分)

<料金>
無料。乗車券を発行します。
[ただし発券手数料として1枚につき300円(税込)がかかります。]

<受付開始>
第1期:11月25日(水)~12月5日(土)の回=2009年11月19日(木)12:00~
第2期:12月7日(月)~12月21日(月)の回=2009年12月1日(火)12:00~

<受付方法>
F/Tオンラインチケット(24時間受付、要事前登録・無料)
http://festival-tokyo.jp/(PC)
http://festival-tokyo.jp/m/(携帯)
※F/Tオンラインチケットでお申込み後は、期限内にセブン・イレブンで乗車券を発券ください。
F/Tステーション(12:00~19:00、池袋・東京芸術劇場前)
(11月24日,11月30日,12月7日,12月14日 休業)

<枚数制限>
1申込につきお一人様1公演日のみ2枚まで

<注意事項>
電話での受付けはございません。
予約・発券後の変更・キャンセルはできません。
当日乗車券をお持ちでない場合、また乗車受付時間に遅れた場合は、ご乗車いただけません。
当日のお申込は、空席がある場合に限り、14:30より出発地点にて受付けます。
(満席の場合はキャンセル待ちとなります。)
未就学児はご乗車いただけません。

<お問合せ>
F/T『Cargo Tokyo-Yokohama』公演専用電話 080-5900-2064(月-土 12:00~18:00)

事業仕分けについて

現在事業仕分けについて報道が連日なされているが、私たちが関わる文化事業何ぞはまさしくその渦中にある。確かに即効性がなく、なくても死なないとはいえる。しかし将来展望をみて、二本は新しい産業の1つとして文化事業を取り上げなければいけないのではないかと考える私にとって(あるいは多くの私の友人の表現者にとって)削っていいのか疑問である。
そんな矢先に鳥の劇場(鳥取にある小さなしかし地道に活動している劇場さん。JCDNの公演地の1つでもある。)からのメールが転載転載されながら流れ着いた。
たまたまなのだが昨日いった映像祭であったOVAのずるさんも同じことを言っていた。19日が締め切りだという。書くなら、いま。
そういうわけで、ここにものせようと思います。

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『鳥の劇場』からのお知らせです。
不要な方はその旨をご返信ください。
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今日はお願いがあって、メールをお送り申し上げます。

ご存知の通り、現在政府の行政刷新会議による事業仕分けが進んでおります。
その中で、文化予算についても議論されています。私ども鳥の劇場が文化庁か
ら助成を受けている(来年度も助成を受ける予定の)事業について、「圧倒的に
予算を縮減したい」というコメントが、担当のワーキンググループより出されまし
た。

「地域の芸術拠点形成事業」というのがそれです。基本的には公立の文化会館
を対象としたもので、地域の芸術創造活動を活性化するための中心的な役割を
果たす場所を育てようという事業です。鳥の劇場は、民営の劇場ですが、今年度
からこの事業による助成を年間で900万円得ています。今年を含めて三年間の
継続が基本的な前提で、このお金は年間の事業全般が対象です。

地域の拠点となる劇場の年間の事業全般に対して900万円というのは、決して多
い額ではなくて、できたら来年度は増額を望みたいと考えていた矢先に「圧倒的
に予算を縮減したい」という話が出てきたので、正直言って途方に暮れていると
ころです。

文化による公的な支援の是非、支援を国がやるべきなのか地方がやるべきなのか、 など議論されるべきポイントは、もちろんいくつもあります。欧米では、それら
に関するある程度成熟した議論を背景にして、それぞれの国の文化政策がありま
す。国からの支援が当然、ということではもちろんありません。

しかし、我が国では、残念ながら、いまだ文化が誰のためのもので、誰がそれを
支えるのかということに関して議論が十分ではなく、もしここで例えば「文化は
地方がやるべき」「民間の寄付をもっと活用しろ」などの論のもとに現状の助成
金が「圧倒的に予算を縮減」されてしまったら、地方や寄付だけで文化を支える
システムはありませんから、鳥の劇場だけでなくて、未来に向けて理想と希望を
持って舞台芸術に取り組んでいる人の活動が、現状でも相当たいへんなのに、
かなり致命的な状態になることは間違いありません。

このメールでみなさんにおねがしたいのは、
1 この現状を知っていただいて、少しの時間でいいので、仕分けの判断の妥当
さについて考えていただけたら
2 もし可能なら、ご意見を文部科学省宛にメールでお送りいただけたら
という二点です。

このリンク↓の番号4 文化関係1ー独立行政法人日本芸術文化振興会というと
ころで、資料をご覧いただけます。このページで一般からの意見を求めています
http://www.mext.go.jp/a_menu/kaikei/sassin/1286925.htm

ワーキンググループからのコメントは、これ↓でご覧いただけます。
http://www.cao.go.jp/sasshin/oshirase/h-kekka/3kekka.html

もし意見をメールでお送りいただけるようなら、文科省のサイトには12月15日
締め切りとなっているのですが、今月19日(3日後)に”事業仕分けの結果(内
容)を話し合う行政刷新本会議”があり、それまでにお送りいただけるととても
有効なようです。

鳥取の現場での我々の活動を応援してくださっているみなさんだからこそご理解
いただいている芸術文化、それを支援することの意義や価値を、東京の仕分け
の議論の机の上に届けていただけたら、とても意味あることだと思います。

ちょっとだけ考えてみてください。そしてできたらメールを送ってください。
なにとぞよろしくお願い申し上げます。

お読みいただいてありがとうございました。

鳥の劇場 中島諒人

2009年11月17日火曜日

携帯復活

携帯電話が復活しました。
従ってすべてのデータがきえてしまったので、皆さん電話/メールしてください。よろしくお願いします。

WEOGO

上野君はIchIのダンサーさん。在研(つまり2004年)同期で、とてもお世話になっている。現在もフランスと日本をいったりきたり。来週母校のホールで踊るのだという。

フランス語一切しゃべれないのに度胸でいってしまった私とは違って、ちゃんとフランス語文学科をでているのだが、まさか自分の母校で招かれて踊ることになるとは思っていなかっただろう。(なお、彼の同級生、先輩、先生方はちゃんとした文学者で、踊っているなんて人は珍しい。どこで才能が開花するかわからないものだと思う。)

それもフランスの振付家(自分のカンパニーの)をまねいて。

パコはとてもかわいらしい感じの人で、彼の作品はとても繊細でやさしい感じがする。Indigoのなかのうさぎさんダンスは忘れられない。決して目立つタイプではなく、しかし丁寧に作品を作るタイプの人だ。

キミホさんは元々バレエの人なのだが、とても美しいかんじの人です。写真で見ればわかるように絵に書いたお姫様のよう、、、。(ちなみにイギリス国籍を有するのだそうです)

入場無料というわけで、お時間ある方ぜひおこしくださいませ。詳細必要な方おくります。のせようとしましたが重いせいかのせれませんでした。

私も仕事終わってダッシュします。


日時:11月25日(水)6時開場6時半開演

場所:明治学院大学アートホール

振付出演/上野天志

客演/パコデシナ、キミホハルバート

主催:明治学院大学フランス文学科芸術鑑賞会、フランス文学会


長崎/佐世保からかえってきました

長崎空港からくるまで1時間。佐世保は小さな港町です。

ついたら地図をもらおうとして渡されたのは「佐世保バーガーマップ」。ここではまず一番の観光資源がハンバーガーだということです。

おまけにそのハンバーガー食べそびれました。とても悔やまれます。

かわりにおいしいものはたくさん食べたので(おかげで太ってしまって、気持ち悪いです。)よしとします。

普天間ふくめ沖縄の基地問題が連日あがっていますが、この町もまさしく基地の町で、基地なくしてはおそらく経済破綻を起こすのではないかと考えさせられるほど密接にむすびついています。町の大きさに似合わず多い飲み屋の数。タクシーの行列、町中にあふれる英語(お店によっては米ドルそのままで買い物ができます)駅前に大きなホール(アルカス佐世保。そこのイベントホールで踊らせていただきました)があり、そこだけがものすごく際立って目立つ。そんな町です。

北海道でいえば札幌ではなく、苫小牧で公演します、というようなもの。しかしすごいのは長崎あるいは佐賀、福岡他各地からわざわざお客さんがきてくれるということ。今回のワークショップ参加者の子も車で1時間くらいかかっちゃうところから通ってきていて、そうやって続けている公演です。

ここからどのように広げていくかが問題で、地元の人の力なくしてはできないよというのが水野さんのお言葉。しかし、ワークショップを続けてうけているこたちもいるし、徐々に徐々になのでしょう。

たまたま前日にロビーにいたら、スタジオの場所を訪ねてきた人がいて、話してみたらモンネポルトというアートスペースの方でした。さらにそのチラシはバンカートで私が棚に並べたもので、これだけ距離を離れてこの佐世保であってしまうとは偶然としても縁があるのだろうということになり、翌日遊びにいくことに。佐世保からさらに45分バスに乗り(まさかこんなに遠いところからきているとは知らず安請け合いでいきますよといってしまってちょっとどうしようかと思った)焼き物の町(かつて書いたKnockのそれに近い)の中にぽつんとあるそのスペースで再会。そこで展示していた作家さん(本当は東京人)、ワークショップの受講生だった子も一緒にいろいろお話ししました。こんなところになぜ?というくらい人が訪れていて、これもまた妻有と同じような現象が起きていてびっくり。おいしいご飯を食べ、ゆっくりとした時間を過ごしました。ありがとうー

しかしそれにしても車文化恐るべし。私は運転できないけれどね。

2009年11月13日金曜日

輪をもって尊しとなす

ここ数日連日のようにバンカートに通っていたが、お休みのある日、しかし私は馬車道にいた。エアジンというライブハウスに皆でお邪魔してのりさん(IchIのドラマーさん)の演奏をきいたのだ。
エアジンはその昔2004年に踊らせてもらった縁のある場所。横浜でも歴史あるライブハウスなのだそうだ(しんめいさん情報。彼も昔は横浜人で足繁く通ったのだそうだ)。昔からあるポスターたちも相変わらず。こんなに広かったっけ?と思いつつ中へとはいる。
のりさんもすてきなのだが、高瀬さんがとてもあつい人で面白い人だった。話していることは普通だし俗にいう美人というタイプではないのだけれど、なんだか目がいく人だ。特に二回目のセッションはなじんでいくような感じがして良い組み合わせだと思った。
そのときののりさんをみてなぜか浮かんだのは”輪をもって尊しとなす”。
バランスのいいひとだと思う。

なお、その会で多和田葉子さんの詩がでてきて、夏休みの宿題を思い出す。3作家読むつもりだったのに2人分で挫折し(正しくはただ忘れていただけともいう)、よりによって多和田さんよみそびれたまま。よみなさいといわれているようなきがして、もっていくことにする。

佐世保の会にいってきます。

静岡

なぜにいきなり静岡にいくことになってしまったのかといえば、静岡には舞台芸術センターというのがあり、昔お世話になっていた宮城さんはそこに拠点をおいているので、今どうしているのだろう?と思いいってみることにした。
10年以上前になるが26歳までは身体を追求するのもいいかもしれない、でもそこからは必ずテキストに戻ることになると思うという不吉な(?)予言をした宮城さん。いくつかの名言があり、本当に天才だと思う数少ない人だ。(天才という言葉は少し難しいが、なんかちょっとつきぬけちゃっているような気がする。ラッセルさんなんかはとてもお世話になったし尊敬しているが、ちょっとタイプが違う。)
IchIはここで学んだことも多く含まれていると思う。そのIchIをみてくれたのだから、おかえしに(?)見に行こうとたくらんだ。(それも2日くらいまえに、急にきめた)鈍行電車でごっとんごっとん。でも木野家は神奈川なので意外に近いということに気がついた。親友と大学時代にした青春18切符で巡る貧乏旅行の話しをし、しかし10年以上たつけどかわっとらんねと言い合う。

夜叉ケ池(泉鏡花)、
とりあえず驚くべきはお魚さんとかにさんである。
クナウカ時代ではぜったいあり得なかったであろう、すごいキャラクターが登場した。そうくるか、とちょっと驚いた。とても変だけれど、でも基本カラーはしっかりしていて、その幅広さがすごいと思う。
エンターテイメントと宮城さんは笑った(照れているらしい)が、でもそれが混ざってしまうそのことが、そのバランス感覚がすごい。

これまた尊敬するパーカッションさんのたなさんにお会いできたのもうれしかった。


帰りの電車は地方文化の活性化と、資本主義崩壊後の経済活動について話しが盛り上がる。


2009年11月8日日曜日

ぬくいの文化について

これは前にも書いたことがあるが、日本には「ぬくい」という言葉がある。
あつい(hot)でもなく暖かい(warm)でもなく。
ここ数日急激にさむくなってきて、しかも我が家は工事中なため、暖房器具が全く使えない。(すきま風も冷たい)そこでゆたんぽという奥の手を入手。昨年くらいからだろうか、ブームらしくて、それにとても助けられる。ぬくい。おまけに手触りの良いカバーがついている。
このカバーの発想は海外ではみない。おまけにこういうてざわりのいい、ふわふわとかぬくぬくとかそういう言葉はない。そもそもオノマトペ(擬態語)自体が少ない。日本独自の文化なのです。おすすめはソフトタイプのもので、堅いものよりもダンサー的には使用しやすいです。ストレッチのときなどにも有効に利用できます。
工事のついでにいまはなんとお風呂も使えない状況なので銭湯に通うことになっていて、これまた日本独自のぬくい場所となっています。ただ難点は近くにない!ということ。現在すむ神奈川の住宅街にも仕事先にも近くにはなく、自転車で走らねばなりません。内風呂文化がそれだけ浸透しているということなのでしょう。なお、一番近所のお風呂屋さんは昔ながらの番頭形式で、ながーい煙突があったりします。大学のときにすんでいた都心(学校のすぐ裏のあたりにすんでいました。とても便利)の風呂なしアパートを思いだします。いまでもあの月の湯はあるんだろうか。
煙突ついでに友人のパフォーマンスを思い出し、ブックレット(なぜかその作品はDVDなどにできるものではなかったので記録はブックレットにのこされている。なにせ煙突内で行なわれるパフォーマンスなのだ)を開いてみてみる。あれだけの大移動のあとよく保管していたものだと思いつつ、なつかしく、笑う。

今日はこれから静岡にいってきます。




2009年11月2日月曜日

友枝能

能をみにいく。
友枝会「江口」「黒塚」と狂言「茶壺」。
正直に言う。私は能は詳しくない。このチケットも友人の能を習っている子が「絶対おすすめだからいけ、いかないと一生見逃す、絶対だから」と3ヶ月くらい前からずーっとずーっといっていたのでいくことにした。
しかしそれだけ勧めるだけあって良い会だったと思う。緊張感のあふれる、しずかなきれいな時間が流れる。
能舞台だから照明は同じなのだけれど、シーンがかわって光りがかわったかのように感じられるのだから、そりゃあ、すごいことだと思う。ただ、お勉強していったのにも関わらず、やっぱり半分くらいしか何をいっているのか理解できなかったことが悔やまれてならない。狂言はほぼパーフェクトにわかるのに、面をしているせいだろうか、節回しが独特だからだろうか、私がうつつの世界に入っていたせいだろうか。
言語がそれほどまでにかわってしまったことを残念にも思う。

ある晴れた日に

ある晴れた日にお昼のカレーを食べていたら(バンカート名物グリーンカレー)となりが「このまま地球がなくなんないかな」とぼそりとつぶやいた。
「そうですね、よくはれているし。なくなる日和かもしれません。」とつい答えてしまった。

よく晴れた日は何となく幸せな感じがする。その幸せな感じのまますぽっとすべてがなくなったらそれはそれでいい感じがするのだ。それがいまきてもなんか納得できるような気がした。少なくとも私の中では。それくらい、多分いろんなことが落ち着いた感じがする。
しかし、それはとても変な答えだったらしく変な顔をされてしまった。(だからサイコはクレイジーなんだというシンの声がきこえる。普通否定すべきところを肯定してしまうそこがおかしいというのだ。私はそうは思わないが。だからいってしまって、しまったとちょっと思ったことを付記しておく。)
あまりにも人類は増えすぎてしまった。だからどこかで調整をしなければならない。そんなことを考える人はあまり多くないらしい。

とはいえその翌日、これはまた別の友人とあっていて、ノストラダムスの大予言というのがあったねえという話しになった。どうも私たちの年代は「いつか地球がなくなるはずで、なくなったはずで、何かの弾みでそれがうまくいかず滅亡しそびれたゆえ、何となく余った人生を歩んでいる」という感覚を持っている人が結構多いのではないかという気がしている。人生観を形成する上でここまで大きな影響力を持ってしまったノストラダムス、恐るべし。


一雄さん

もう先週のことになってしまったが、一雄さんのお誕生日会にお邪魔した。
一雄さん、103歳。
ヨーロッパに行く前に、一雄研究所のこにつれられてやはりこのお誕生日の日にご挨拶をしたのを覚えている。あれから5年。いろんなことがあって、その間にも一雄さんはお年を召し(いや、私もだが)しかし再びお会いすることができた。
言葉にはならない声を聞く。動かない手。しかしまだあつい熱を持ち、そして呼吸している。まさしく生きている、そのエネルギーだけをみる。
その日を今年また無事祝えたことに皆で満足し、今年が最後かもと毎年思い、しかし翌年もまたこうして祝えることを祈る。