2012年6月26日火曜日

ダンスを教えるということ

現在私はダンサーにむけてダンスを教えるということをしていません。AMANOGAWAも映像制作のために参加いただいたというかたちであり、リードはしますが指導はしていません。ただかつては高校のダンス部コーチをしていたこともあります。保健体育教員だった時代もあります。
たまたま人から某大学のお仕事公募をご紹介いただき、どうしようかと迷ったりしました。過去にも同様に(他の大学でしたが)推薦いただいたときにも大きく迷いました。
「ダンスを教えるということはできるのだろうか」

日本の芸事の歴史では「芸を盗む」という言葉があります。教えるのではなく「盗む」言葉で教えてもらって得たものは自分の身にならない、自分で考えて見つけ出していくことが大切です。

ただ、現在の教育システムはサービス業でもあるので、わかるように説明したり、見せていくことが必要ですし、技術をつけさせる必要があります。

でも、技術って何だろうかと思うこともあります。

一般にダンサーとして生き延びるためにはプレーンな身体を作る必要があり、そのためのメソッドというものがあります。アカデミックな方法論というのがあります。私はそこからはみ出していましたが、はみ出しているということをわかるためにも必要な経過だったのだと今は思います。でももしかしたらそのためにかなりの遠回りをしたのではないか、と思うこともあります。そして今でもアカデミックな方向性では教えることができないだろうコンプレックスを抱えています。

そもそも大学でダンスを学んで、その後の受け皿が日本にはありません。
そのような状況でダンスを専門にする大学生がどんどん増えていいのだろうか、大丈夫なのだろうか、私自身が微妙なかたちで生き延びているのに、子供たちをそこに引きずり込んでいいのだろうかと考えていました。そして2004年に海外に勉強に出ることにしました。ダンサーとして生き延びていく方法を探してみたりしました。海外でも同じ状況だということがわかり、どうせ同じなのなら日本で活動しようと思って帰ってきました。

ロンドンにも多くのダンス学校があります。世界中からダンサーが集まってきます。でも正直言ってダンサーになれる子はそんなに多くありません。多くは「海外で学んできた」ことをいかして自国に戻り踊りを教え始めます。ダンサーになった子も、一生つづく仕事ではないので、少しずつこぼれていきます。カンパニー自体が教育プログラムをもっている所も多いし(イギリスは特に)、個人でワークショップを開くこともあります。ある年齢になってくると、単に経済的な守りの意味ではなく、人と積極的につながっていくため、自分の得たことを伝えるために始めることが多いです。

でも、教えるってなんなんでしょう。。。

「からたち」内にでてくるように教え子たちにはダンサーになった子も、社交ダンスにはまった子もいます。「タカセの夢」の子供たちもまた旅たっていくことでしょう。ダンスを続けていても生き延びていける、そういう可能性をみせていけるようになったら私はまた教育職をはじめるかもしれません。



3 件のコメント:

  1. こんにちは、横浜We Danceでお会いした福原です。コメントしたかったのですが、長文になってしまったため、自分のブログに書きました。よろしかったら、読んでみてください。
    http://ryuzodance.blogspot.com/2012/07/blog-post.html

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  2. 福原さん
    こんにちは
    お久しぶりです。今もスロヴェニアなんですよね。
    読んでみて、やっぱり長文になりそうなので、また別項をたてて補足説明しようと思います。
    ありがとうございます!

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  3. はい、スロベニアです。楽しみにしています。それでは、また。

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