2019年7月6日土曜日

わらべ館ワークショップ20190706

わらべ館ワークショップ20190706

講師 池田千夏
サポートスタッフ 荻野ちよ、田中悦子、木野彩子
鳥取大学スタッフ 蔵多由美(マネジメント講座コーディネーター)、東さん、宮野くん(照明サポート)
高橋智美さん(わらべ館)は館内の他のイベント担当もあり入れず。

12時半ごろより顔合わせと打ち合わせ。照明仕込み、準備の間にワークショップの打ち合わせ。七夕をテーマにしましょうということで、前半をダンスベースで言葉を元に動き出しをしていく作業。後半を音楽に乗せていく感じにしましょうという主な流れだけを決める。
七夕に関する言葉出し:川、天の川、星、白鳥、牛、機織り、願い事、、、

13時半、簡単な説明の後スタート。
田中さんのリードで簡単な準備運動。
照明スタッフたちも皆参加してもらう。
親の中に「いえ、私は」と断る人、また外で待っているという人が出て、少しやりづらさを感じる。(注1)

たまたま円になっていたので円で見合いながら動く動き。途中から池田さんのピアノが入ってきて、体の動きに合わせて音を出してくれる。(注2)

小学生2人が遅れて入ってくる( 注3)

七夕の言葉(打ち合わせで出てきたもの)をもとに動きを広げていく。
比較的静かな動きになったところでレインスティック(インドネシアの楽器で雨の音がする)などを使い川へと移行。
その後白鳥や牛などキーワードを元に動きを広げてみる。
参加者のKくんが走り足りないらしく、再び走り始める。
そのKくんの走りを真似する(一緒に走る)のと、それに流される笹の葉と両方の動きをしてみる。大人たちが自分と一緒に動いてくれるの嬉しかったようで、なかなか治らない。Kくんもだんだんと反応を見てフェイントを入れてくるなど工夫をし始める。
疲れ切ったところで、荻野さんが落ちていたビニール袋を膨らまして出してくる。ふわふわしたビニール袋に子供たちも興味津々。みんなで羽根つきのようにビニール袋をパスし合う。
「この中にはね、わたしの願い事が入っているんだよ」と荻野さん。
だから大事に扱ってねというものの、子供たちは羽根つきに没頭。

14時10分ごろ小学生男子の集団が突然入ってきて鬼ごっこを始める。あまりにきゅうで、かつ中の活動を一切無視してのことだったので、動転するが、田中さんが呼びあつめ、説明する。小学生女子もいたものの全く受け付けずすぐに退出してしまう。(注4)
小学生の子たちは願い事を飛ばす風になってくれて走り回る。

14時20分ごろ小学生男子たち突然いなくなる。何も言わずに。

なんだったのかわからぬまま進行する。
だんだん袋の取り合いになってきたので
「ねえ、みんなの願い事って何かなあ。」と話しかけ、木野が願い事袋の代わりに靴服を持ってくる。それぞれがmy願い事袋を膨らませ、一緒に飛ばし始める。手のひらに、手首に、頭に乗せて願い事と一緒に動いてみる。(注5)

最後のまとめとして願い事枕にして寝てみようと荻野さんの提案。ゆっくり寝っ転がりクールダウン。(注6)
終わった後に袋を開いて願い事を空へ届かせようとはなし靴袋を回収。終了する。

その後コンサートで七夕の曲も演奏してもらう。


終了後のミーティングにて
注1
傍観者の存在はなくすのがまず重要と感じられた。(これはバフチンのカーニバル論でも言われる重要ポイントです)
これまでのワークショップ内でもなかったことで、常に親も子供も一緒に動くべき。そしてその目線の合うところが大事であると考えます。
荻野さん、田中さん他みなさんからもコメントを受けており、出来るだけ親を入れる工夫を考えたいと思いました。
ウォームアップの時になんらかのプラクティカル(実践的)な関わりを持つことやコンタクトワークを導入すること(歩きながらのハイタッチなど)、またまず子供と一緒にするウォームアップなどを取り入れるのが効果的ではという案が出されました。(→次回トライしましょう)
夏至祭ワークショップを体感してもらうとわかるのですが、見ている人がいると萎縮します。子供たちも親に戻ってしまいます。親に褒められる行動をしてしまいます。なので、できるだけ子供も大人も垣根がない状況を作る必要があると考えています。

注2
田中さんの子供達の動きを拾おうとしている様子がとても良かったと思います。
池田さんより、どこまで引っ張っていいかわからなかったというコメントがあり、音も、ダンスも対等にあるためにどうするかということが話題になりました。もっと出していい。正しくはそれぞれが引っ張りあっていかないと、お互いに得られないということ。
ここはジャズなどのセッションと等しく、音が引く部分、ダンスが引っ張る部分、それぞれあって良いのではないか。夏至祭のプログラムはある程度共有感覚を持ってできるけれども、今回のように単発のワークショップの場合どういう方法があるかは考える必要があると思いました。
ピアノという楽器の特性上、向きを工夫する(置き方)が必要だという池田さんの提案がありました。見えない、見れない。また、移動する可能性(例えば他の楽器や鍵盤ハーモニカなど)も考えられないかという提案がありました。
今回音が1人でしたが2人以上になるとサポートしあえるのかもしれません。たとえそれは木野ほかダンサーが演奏するレベルだったとしても。

注3
この小学生たちがいつの間にか消えてしまったのですが、悔やまれます。もう少しいじってあげれれば良かった。

注4
小学生高学年女子の反応を受けて、このワークショップの対象年齢はどこにあるかという話が出ました。ワークショップとして構築したり、なんらかの成果物を作ろうとすると小学校中学年以上のこの参加が必要になります。が、とにかく自由になんでもしていい場所を作るという点では年齢制限はなくて良い。また、この内容に入りやすいのは幼稚園、小学校低学年だけれども、中学年高学年の子たちがやっていいんだと思える場所になっていくことも必要なのではないかという声が出ました。
学校の授業だったら絶対許されない(おそらく教育実習でこれをしたら単位が出ない)ですが、なんでもしていい場所を、何をしても受け止めてくれる場所をこのわらべ館で作っていくことができないか。コミュニケーション教育というが言葉だけではない身体を通じたコミュニケーションと相互理解をする場所をこういう場所で作れないかという話になりました。現在の鳥取の体育教育の現場も踏まえ、小学校へのチラシ配布、学校の先生方へのアプローチをしていけたらと考えています。(課題1も踏まえて蔵多さんより早速チラシ等送ってみましょうと提案が出ました)

注5
ちよさん願い事を叩くのに一生懸命になり、叩いて潰してしまう子供達を見て、急遽設定しました。願い事考えてなさそう。願い事は何?と聞いてみると秘密!秘密!秘密!の大合唱。そんなに声大にして秘密言われてもという大人のツッコミに子供たちは大盛り上がり。

注6
ここでクールダウン、いい提案でした。せっかくなので、ここでこそ七夕行くべきだったなあと思っています。

全体的に、ダンスが全て進行し、ピアノが後追いになってしまった傾向があり、ダンサー側からもっと出てくれると嬉しいというコメントがあった。逆にどこまで出ていいかわからなかったという池田さんからのコメントも。ダンスも音楽も本来は一体のものであって、その時に応じて皆がリードしてよいという関係性を作ることができるのが一番面白いのではないかと個人的には思っています。

また、学校の授業などでも決まった動きをしたり、求められる答えを出したりとなってしまいがちな中、このような自由な行動をしていいという指導は学校教員としてもどうしたらよいかわからず、できないと思ってしまいがち。評価も難しい。また子供達の言葉を聞いて臨機応変に対応しようとすればその分の対処を考えることになって難しいのだという。しかし重要なことはその子供たちの言葉をいかに拾い、一緒に考えてあげられるかであり、教師の側の思っていることをできる子供に育てることが教育ではない。教育は教え育てると書いているけれども、本来は子供達が持っている才能を私たちが教えられ育てられる場所なのではないか。
それだけのゆとりがない学校教育の現状。
それをアーティストがサポートできないか。それは東京などの大都市部のアーティストに限らず、地元にいる田中さんや荻野さんができるようになっていくのではないか。私はそこに未来を見出したいと思っています。

また、この場所がもしかしたら「何をしてもしなくても、なんでもOKな最後の場所」になるのかもしれないという予感がしています。ゆるい、あまりにもゆるい縛りですが、それで対応できるチームワークが荻野さん、田中さんにあり、大概のことに対応できつつある。子供達が何してもOK。それ拾うから。一緒に遊ぶから。


終了後なんと雨が。
いや鳥取雨降らなすぎてやばいよねと話していたのでそのせい?霖雨(池田さんのミニコンサートで木野が踊った曲)のせい?ともあれある意味雨乞いの踊りになったのでした。
神様も喜んでくれているのでしょう。


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