踊るたびに悲しみがこみ上げてくるとしてもそれでも踊らなければいけないのは、私がこれまで預かってきたものゆえのこと。
なにぶん3歳から続いているゆえ、多くの人が関わり、多くの人に支えられ、守られてきた。そして託されてきた。
あの黒いボールを受け取った時もそう思いましたが、今も一緒に歩き、対話をしている。思考がシンクロし、同じようなことを話し出す。たとえ、誰も理解できなくとも。
メビウスの輪のように表と裏であっても、あるいはずっと交わることのない平行線の轍のようなものであったとしても、私はともに走るのでしょう。
生きてと言われたその一言で今の所私は生き延びている。
いきましょうは今年のテーマ。私も一緒に走るから。
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