2020年3月29日日曜日

コロナウィルス にかんして20200329

数日とはいえ首都圏に出てしまったので自主的に隔離することとしています。(鳥取はまだ感染者が出ていないので、なおのことうつしてはならないという厳戒態勢)オンライン映像祭Films from nowhereが今日までなので見れていなかった分を慌ててみることにしました。(なお、今日購入するとそこから72時間なのでまだ間に合います。)

自作について追加でコメントをすると3月3日の時の情報で作っているので、少々甘いところもあるけれど、基本的には間違ってはいないと思っています。
確かに軽んじてみてはいけないけれど、マスクをするしないではなく、そもそも人に会わない、手洗いをしっかりする、あちこち触らないなどの対策が重要で、それは自分のためというよりも周りの人にうつさないためです。
オリンピックが延期になった途端に色々動き始めていることを見ても情報がどこまで信用できるかわからず、それは原発事故の時に似ています。そして1938年の頃にとても似ています。ダンスハ体育ナリ?は各上演回ごとに内容が変化(進化)しており、元々のその2は体操や体育が作り出してきた集団性に対し疑問を投げかけるようなものだったのですが、今回、作りながら、政治とはなんだろうかと考えさせられました。
芸術家は河原乞食とはいうけれど、常に一番弱い立場にあり、一番初めに切られてしまう。自律するすべを模索しながらやってきたけれど(結果副業に支えられる)、少なくとも日本では認められないのだと改めて感じています。また、このドタバタに乗じて様々な重大決定がなされていったり、森友事件がうやむやになったりされていく、つまりこのコロナ問題でさえも政治利用されていくそんな状況を悲しく思います。

私はこの何年か鳥取で暮らしたり、地域学部という少々変わった学部で学びながら思うのは、いろんな意味で人間の生活の仕方を変えなければいけないところまで来ているということです。経済活動や進歩だけが幸せに繋がるとは限らない。もう一度自分の大切なものを見直す必要があります。
大切なものは人によって異なるとは思いますが、温暖化問題などと合わせ考え直す必要があるでしょう。これを機に家でゆっくり過ごす時間をもったり、本を読んだり、料理をしたり一見静かで生産的でない活動に見える普段の暮らしを丁寧に行う。それはGDPは下げてしまうかもしれませんが、QOLをあげることには繋がりそうです。

あともう一つ思ったのはこういう時だからこそ、一緒にいようと思う人を大事にすることです。(これは現在留学中の子への返信コメント。帰ろうか迷っているらしい)大概の用事は後ででもなんとかなります。でも、そういうわけにいかない人、場所を大切にすることが大事なのではないかなと。
思えばリーマンショックの時に私は日本帰ろと思ったのですが、コロナに限らず災害は大切なものに気がつかせてくれる機会であったりもします。

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