2018年9月16日日曜日

死者の書再読@城崎 プログラムノーツ

はじめに
『死者の書』は民俗学者であり国文学者、かつ詩人でもある折口信夫(おりぐちしのぶ)が遺した小説です。タイトルからおどろおどろしいイメージを想起してしまいますが、当麻寺に残る曼荼羅を織り上げたという中将姫の伝説が元になっているファンタジーなお話です。
 時空を超えて心惹かれる男女の恋物語とも受け取ることもできます。
 民俗学者としての知見を取り込んで、史実(及び伝説)を踏まえていますが、彼自身の恋心を込めつつえがかれており、最終的に小説という形で仕上げています。
 近代以降、私たちは目で見えることばかりが全てだと思うようになっています。でもはるか昔から私たちの祖先は、死してのちの世界や霊の存在を信じ、様々な宗教や哲学という形でその智慧を磨いて来ました。死を思うこと、それらは私たちの生活を豊かにし、まただからこそ今、生きている時を大切にしようと思えるようになります。
 芸能の歴史はこの見えない世界をいかに現出するかということに力を注いで来ました。たとえば世阿弥は複式夢幻能という手法を編み出し、あの世から訪れる霊を後シテという形で生み出しました。クラシックバレエでもジゼルやラ・シルフィードを思い浮かべればわかるように妖精や精霊が登場して来ます。民俗芸能でもその多くは求愛や祈りに起因するものですが、鬼などの形でこの世のものではない異形のものが現れます。
 楽しい、面白いということを超えて、今の時代だからこそ必要な“もうひとつの世界”を折口さんの言葉から読み解いてみようと考えました。小説は結構難解です。映画のコラージュのように何層にもレイヤーが張り巡らされており、しかも編集されている。でもその言葉の迷路を踊りと音楽の力で超えられないか。この張り巡らされた迷路は折口さん自身の心を隠そうとする防御とも見え、それを一枚ずつはがしてみます。
 このお話は2つの世界が重ね合わせられていますが、その理解のためには私自身がその両方の立場を演じてみる必要を感じました。男性性と女性性。全く異なる世界を持つ音楽家2人に協力をお願いし、この2つの時空を超えた世界が出会う瞬間を作り出そうしています。
 おそらく最後にあらわれる純粋な心が今の世の中に必要なものなのではないか、そんなことを私は思います。相手の幸せを願い、どうにもならず走り出してしまう郎女はきっと折口自身であったのだろうと。(本人も中将姫になって書いたとエッセイに書いています。)そしてそういう想いによってしかこの世の中は動いていかないのだろうとも。
 この作品を見て原作を読んでみたくなったら嬉しく思います。折口さんの言葉の持つ力をぜひ直に体験して見てください。

あらすじ
平城京の都の栄える頃のこと、春の彼岸中日、二上山(ふたがみやま)に日が落ちるとき、藤原南家の郎女(いらつめ)は尊い俤びとの姿を見た。それ以来、千部写経の成就に導かれ、非業の死を遂げた滋賀津彦(しがつひこ)を思い、「おお、いとほしい、おさむかろうに」と蓮糸で機をおり始める。できあがった巨大な布に尊い俤びとと重なるその姿を描くことで曼陀羅を完成させ、全てを成し遂げた郎女は、さまよう魂を鎮め、自らも浄土へといざなわれていく。





シーン1滋賀津彦の世界
うた:杵屋三七郎、おどり:きのさいこ
 ひさかたの 天二上に、我が登り 見れば、とぶとりの明日香 ふる里の 神無備山隠りかむなびごもり、家どころさはに見え、ゆたにし 屋庭やにはは見ゆ。弥彼方いやをちに見ゆる家群 藤原の朝臣あそが宿。
 遠々に 我が見るものを、たかだかに我が待つものを、処女子をとめごは 出で通ぬものか。よき耳を聞かさぬものか。青馬の耳面刀自みみものとじ。刀自もがも。女弟もがも。その子のはらからの子の処女子の 一人 一人だに、我が配偶に来ね。
 ひさかたの 天二上 二上の陽面に、生ひををり 繁み咲く 馬酔木の にほへる子を 我が 捉り兼ねて、馬酔木の あしずりしつつ、吾はもよ偲ぶ。藤原処女
死者の書4節に出てくる詩。当麻の語り部の姥が神懸りして語る。

シーン2郎女の世界
うた:やぶくみこ、おどり:きのさいこ
春のことぶれ
歳深き山のかそけさ。人をりて、まれにもの言ふ 声きこえつつ
年暮れて 山あたたかし。をちこちに、山 さくらばな 白くゆれつつ
しみじみとぬくみを覚ゆ。山の窪。あけ近く さえしづまれる 月の空かさなりて 四方の枯山 眠りたり。
目の下にたたなはる山 みな低し 天つさ夜風 響きつつ 過ぐ
せど山へ けはひ 過ぎ行く 人のおと 湯屋も 外面も あかるき月夜
折口信夫が昭和5年に刊行した第二歌集『春のことぶれ』にあった表題詩から一部抜粋。(釈迢空全歌集より)

シーン3郎女の失踪
演奏:やぶくみこ、杵屋三七郎、おどり:きのさいこ

シーン4忍び寄る滋賀津彦の影
こえ:杵屋三七郎

シーン5白玉から郎女の2度目の失踪
演奏:やぶくみこ、杵屋三七郎、おどり:きのさいこ

シーン6機織り
演奏:やぶくみこ、おどり:きのさいこ、鳥:杵屋三七郎

シーン7曼荼羅を描くということ
演奏:杵屋三七郎、やぶくみこ、おどり:きのさいこ

 すでに死した人である滋賀津彦(大津皇子がモデルとされる)の世界を舞台の左手に、今生きている藤原南家郎女の世界を舞台の右手に設定しています。滋賀津彦の言葉を杵屋三七郎さんに、郎女の言葉をやぶくみこさんにうたっていただいています。

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