鳥取銀河鉄道祭のできるまで86
作品は4回(当日に行ったゲネを合わせると5回)行う内で、どんどんと進化していきました。具体的に演出が加わったというよりは、各人が意識して、周りを見て、その行っている意味を理解し、行動できるようになっていったということでしょうか。
アマチュア、あるいは市民参加型の劇は今、ここでしかない、1回生の公演であり、もしも来年同じメンバーが集まったとしてもおなじことは起こりません。また今日の公演と明日の公演は全く異なるものにもなり得ます。それは案外大事なことで、だからこそ作品を繰り返し上演していくことが必要なのです。
元々このプランを提出した時点から150人-200人程度の規模のものを何回か繰り返して公演を行うことで、出演者のレベルアップを図るということも書いていたのですが、1回の本番は何よりの稽古であり、代え難い宝物です。
逆にいうとプロの役者としては毎回できが異なるなどということはあってはならないわけで、ある一定のクオリティを維持し続けることが求められます。ある種の型化であり、体調の維持やテンションのコントロールも一つの能力です。宮沢賢治は「職業芸術家は一度滅びねばならぬ」と書いていますが(農民芸術概論綱要)、エンターテイメントとしてまた経済活動として舞台を行なっていく上で”職業”は成り立っており、プロは存在しえます。しかしこの常に発見し、常に進化し続ける存在として職業か職業でないかということはあまり重要ではなく、私はここに出演していた全ての人が個性豊かな1人1人の芸術家であったと思います。
5回の繰り返しはこれだけの出演者がいると流石にハードで、小学生たちや星のいり口といった体力や集中力面で弱い子達が耐えきれるのか心配されていました。星のいり口のお母さんたちも「正直心配でしょうがない」と話し、舞台裏で終始フォローをしてくださっていました。リハーサル段階でのキャンセルなどは出ましたが、この本番中は大きな怪我もなく、ホッとしています。みんなのやる気と思いで乗り切った公演でもありました。
0 件のコメント:
コメントを投稿